第59話 ルーナズレポート ~ビバレント家の悲劇~

 あくまで、お兄様から私が聞いた話で御座います———そう、ルーナは前置きをして語りだした。


 その頃のお兄様は常にイライラしておいででした。


 私共が幼いころに亡くなられたお母さまの肖像画をビリビリに引き裂くほどひどい荒れようで、特に理由もなく、私に鞭を振るわれていました。

 いえ、理由は明白でした。

 お兄様は私に怒りをぶつけていたのです。

 その頃から丁度お父様は王立魔導機関に入り浸りになり、家に滅多に帰って来なくなりました。

 そして、お兄様も〝以前までは〟その王立魔導機関——デウスにお勤めになり、お父様の研究、古代兵ゴーレムに携わる研究をお父様と共にされておりました。ですがその時期を境にお兄様は魔導機関デウスに行くのをぱたりとやめ、屋敷にいる時間が多くなりました。お父様とお兄様、互いにまるで、顔を合わせるのを避けるように。

 そうなった理由はルーナ目にはわかりません。お兄様は事情を述べずにルーナめに怒りをぶつけて鞭を振るっておられましたから、無言で、ただひたすら顔を赤くして誰かへの怒りを私目にぶつけておりました。

 その誰かというのは———恐らくお父様、ギガルト・オセロット様でしょう。

 どうしてそれがわかるのか? 

 それは——たった一言だけ、たった一言だけなのですが。私の背を鞭で散々打った後、お兄様が激昂し、叫んだ言葉があるのです。その言葉が恐ろしく印象的で、今でもはっきりと覚えているのです。


オレがこんな犬と同じでたまるか」


 そう、言っておりました。

 どのような意味かはルーナにはわかりかねます。ですが、失礼を承知で言わせていただくと、その日からルーナはお兄様のことが好きになりました。なぜか、お兄様にとてつもない親近感がわき、お兄様のことを深く知りたいと思うようになりました。鞭で打たれるのは辛かったですが、その先にあるお兄様の感情を感じ続けたいと思っていました。


 そんなある日です。


 お兄様はぱたりと私を鞭打つのを止められました。

 家を空ける日が多くなりました。

 風の噂によると、ヘカテ・ビバレント様と密会を重ねていたという話です。

 そして、ルーナに対する態度を改められた時期がありました。

 ルーナに対してお兄様が謝罪すらしたこともあります。

 突然の心変わりに、ルーナは不思議に思っておりましたが、一度この屋敷にヘカテ様が訪れた折、お二人の顔を見て全てが腑に落ちました。

 とても楽し気に笑っておられました。

 気を———許しておりました。

 体を寄せ合っていたり、口づけを交わしているという光景はルーナは見ておりません。ただ、わかるのです。

 何故なら、ヘカテ様のお顔は———私たちのお母様を感じさせるものだったからです。

 目鼻顔立ちがうり二つというわけではありません。ただ、表情や雰囲気が似通い、お顔を見ているうちにだんだんとお母様を思い出す。そのような方でした。

 お兄様は足しげく、ヘカテ様の元に通い、時たまルーナに愚痴をこぼすようになりました。 

 どんなにヘカテ様が可愛そうな身の上であるか。

 望まぬ結婚をさせられ、ビバレントのご当主様もヘカテ様を愛しておらず、暴力を振るっておられた、と。

 当時のビバレント家のご当主様、ダン・ビバレント様は品行方正、清廉潔白で剣の腕も経つ誰からも尊敬されるお方でした。ですが、裏の顔というものがあったらしく、外の貴族社会で受けるストレスをヘカテ様にぶつけ、ヘカテ様はそのことを誰にも、娘のアン様にすらいえずに一人で抱え込んでいたと言います。

 それを打ち明けられるのはお兄様だけでした。

 お兄様はそれを何とかしたいと思っておいででした。

 その証に、突然———、


「ビバレントという家はなくなった方がいい」


 そう、ぽつりと漏らした日がございます。

 その日からお兄様は部屋にこもられるようになりました。なにか、暗い、重要な計画を練っておいでで———。

 そして、夜中にお兄様が屋敷を抜け出したのをルーナは見たことがあります。


 そこから先はあまりルーナは知りません。


 お兄様が語りませんでしたから。

 ただ———結果としてある日、ダン・ビバレント様が死に、ヘカテ様の心が壊れました。

 お兄様とヘカテ様はお互いが隠されているご様子でしたが、お二人を知る者からすれば、ただならぬ関係であったと知れ渡っておりました。

ですので、ダン様の死はお兄様が関わっているのだろうと、噂が瞬く間に広がり、ヘカテ様のご様子から、無理やりに手籠めにされて心が壊れたのでは———と噂に尾ひれがつくようになりました。

 何があったのかはわかりません。何があったのかはわかりません。

 ただ、悲劇がそこにはあったのだろうとルーナは推測しております。

 お兄様がその事件の前後、血にまみれたご自身の服を捨てに行くところをこっそりと見たことがあります。


 そして、その日からお兄様は再びルーナを鞭で打つようになりました。


 ◆


 最後に、最近のお兄様はまた変わられたようでございますので、お忘れの様ですが———と付け加え、ルーナは話を締めた。


「そう、か……」


 何とかそれだけを答えた。

 俺が認識している話とだいぶ違う話だ。

 この世界で、俺が今いるこの世界での真実が何かはわからない。あくまで聞いた話を口にしただけなのだから。

 これが元々「紺碧のロザリオ」にあった設定なのか、それとも俺がこの世界にいるせいで起きたイレギュラーなバグなのかはわからない。

 だが、ルーナが嘘をついていないとすれば、シリウスはただの単なる鬼畜外道ではなく———、


「お兄様という方は、」


 思考をルーナの言葉によって中断される。


「自分の目的のためには手段を選ばない方です。外道だと周りから思われようが、ただ一つの目的のためにならどんな手も使う。何もしない、しようとしないルーナに比べるととてもご立派なことです。ヘカテ様の時は結果として悲劇に終わりましたが、いつかはそうならずにお兄様は偉大なことをしてくれると、この犬のルーナは信じております。なぜならば、お兄様は不器用ではありますが、人を思いやる優しい心が奥底にありますから」


 では。と言ってルーナは部屋を出る。


「何かお手伝いができることがありましたらいつでもお呼びください。どんなことでもこのルーナはお手伝いをさせていただきます」


 そう言い残して、扉をぱたんと閉じた。

 どうして、ルーナはこれほどまでにシリウスを信じて気にかけてくれるのか……。

 もしかしたら、本当にシリウスは悪ではないのか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る