第55話 ロザリオの豹変

「———それで話って、何です?」


 俺はロザリオを聖ブライトナイツ学園の裏庭に呼び出した。

 彼は微笑んでいるが、俺の雰囲気に何か感じ取っているのか、若干の緊迫感がある。


「単刀直入に言おう、ロザリオ。魔剣を渡せ」 

「どうしてです?」


 ロザリオは微笑みを崩すことはなく、手を魔剣の柄に置き、握りしめた。いつでも抜刀できるとアピールしているように。


「最近多発している〝黒影〟の事件。犯人はお前だな?」

「〝黒影〟? 何の話です?」

「バサラを始めとする騎士ランクが高位の者が次々と闇討ちされている事件のことだ。その魔剣による暴走だと調べがついている」

「……どうしてそんなことがわかるんです?」

オレはシリウス・オセロットだぞ。舐めるな。貴様らが抱く浅知恵など看破できぬわけがない」


 まさか「紺碧のロザリオ」というゲームをやったから全てを理解しているなどとは言えず、オレ様口調でゴリ押す。


「まいったなぁ……」


 ロザリオは余りの俺の強引な口調に困り果てたように頭を掻いた。

 そうだ、本来オレはこういうキャラだった。シリウス・オセロットは唯我独尊、傲岸不遜のみんなからヘイトを買うキャラ。ここ一週間強、モンスターハント大会の運営で忙しく、ロザリオとアリシアがルートを外れて好き勝手していてそのひずみを何とか治そうと右往左往していたこともあり、転生する前の俺の素が大きく出てしまい、中途半端な振る舞いをしていたが、本来は、問答無用でやりたいことをやるタイプの人間であった。


「フフフフフッ……」


 そうだそうだ。

 本来はオレは傲慢であるべき人間だった。

 

「会長?」


 突然笑い出した俺に向かって、いぶかし気な視線を向けるロザリオ。


「いいから渡せ。ロザリオ。このオレを誰だと思っている、この学園で一番偉い生徒会長だぞ? オレがよこせと言ったものは速やかによこすんだ———、」


 俺は実力も、権力もある悪役貴族様なのだ。

 本来説得など必要がない。某国民的アニメの剛田さんのように欲しいものがあれば躊躇せずに奪い取ればいいのだ。

 俺は正義などではなく、悪なのだから。


「———さあ、オレの手の上にその魔剣を乗せるんだ。でなければ、貴様の大切なものがどうなっても知らんぞ?」


 脅迫までする。

 人は自らに危害を加えられても耐えられるものだが、自分以外の大切なものに危害の手が及ぶと言うのは耐えられない。

 卑怯ともいえる俺の言葉に、主人公であるロザリオは、心優しくあるべきロザリオは悔し気に魔剣をそのまま渡———、


「嫌です」


 ———さなかった。


 微笑みを崩すことはない。その不気味な笑みを浮かべたまま、


「僕に大切な人なんていません」


 そう断言した。


「そんなことはないだろう……貴様の家族は……」

「僕は捨て子です。育ての親は僕を疎んじ、この聖ブライトナイツ学園に入学させたのも口減らしのため。この学園では平民の学費はものすごく安いですからね。僕は親にも育ての親にも捨てられてこの学園に来たんですよ」

「…………」


 そうだった。

 ロザリオ・ゴードンという男は、父親である前王を現王のクーデターで亡くし、母親である妃が親友であるミリア・ゴードンにロザリオを託したところから、「紺碧のロザリオ」の物語は始まる。ゴードン夫妻はロザリオの育ての親になるのだが、薄情な現実主義者で前王の息子であるロザリオを疎ましく思っており、愛情を注ぐと言う育て方をせず、なるべくかかわりを持とうとしなかった。

 そして、愛を知らないまま彼はこの学園に来たのだ。


「……そんなことはないだろう。友達の一人や二人はいるだろう?」

「いませんよ。そんなの」

「アリシアはどうだ? ルーナは? 先日の大会で、少しは親しくなったのではないのか? そいつらに手が及ぶのは流石に嫌なのでは、」

「アリシア王女? 別に彼女がどうなろうとどうでも……いいですよ。ルーナは……ハッ、オセロット! 会長の妹じゃないですか———」


 鼻で笑うロザリオ。

 何とも、不快な態度だ。


「———教えてあげますよ、会長。どうして俺が魔剣でバサラや他の実力者たちを襲っていたのか」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて。


「あんたを殺すためですよ」


 魔剣を———抜いた。

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