第56話 正義のために

 一閃———。


 首筋へと鋭い刃が迫ったが———殺気を感じて間一髪で躱した。


「———ッ!」

「避けましたか。流石は会長。反応がいいですね」


 首筋へと手をやると指先に血がついていた。

 躱しきれなかった。少しだけ掠ってしまった。


「速いな。ロザリオ。それも『スコルポス』で鍛えられたおかげか? それとも———魔剣の力のおかげか?」

「さぁ、どうでしょう?」

「フッ……」


 肩をすくめるロザリオに対して、俺は不敵に微笑む。


オレを殺すか。まぁ、それは別に構わん———」


 ロザリオが俺を、シリウス・オセロットを殺す。

 それは別に———構わない。

 望むところだ。

 この世界を救えるのは所詮彼で、俺はそのための犠牲になる。この世界はそういうふうにできている。


「———で、理由を聞いてもいいか? オレを殺すには理由があるだろう。何故だ。貴様は我の言葉で奮起をして、自分を厳しい環境に置き、強くなった。オレに感謝をしているそう言っていたが、あの言葉は嘘だった。そう思ってよいのか?」


 ティポとザップからロザリオを助けた時、俺はうじうじしているロザリオが気に食わず感情に任せて厳しい言葉を言ってしまった。その言葉をきっかけに、ロザリオは自らを省みて、このままではいけないと『スコルポス』の門を叩き、鍛え上げられて自信を付けた。

 俺を恩人とまで言っていたのだ。


「———今までの貴様の言動は、オレを油断させるための、フェイクだった。そいう事か?」

「嘘ではないですよ。全てが全て、ね。 会長のことは恩人だと思っていますし、あの時の言葉には感謝もしています。ただ———会長は悪いヤツじゃないですか?」


 さっきから、ロザリオは貼り付けたような笑みを崩していない。

 抜かれた魔剣の刃から、影がドロドロと漏れで、床に影の水溜まりが作られる。


「———俺は悪い奴は許さない。そう決めたんですよ。だから、ティポとザップも成敗したんです」

「何……?」


 やはりとは思っていたが……。


「あの二人はお前がやったのか?」

「ええ……当たり前じゃないですか……ハハッ、俺以外の誰がやるっていうんです? あんな小物過ぎて見逃されていた奴ら。あんな奴らどこにでもいるから一々取り締まっていたらきりがない。だけど、そんな理由で悪をはびこらせるのは、正義じゃない」


 ロザリオは魔剣の切っ先を俺に向ける。


「その悪の温床おんしょうとなっているのは、シリウス・オセロット。あなただ。あなたがこの学園の根本的な悪だ」

「ほぅ……恩人を悪だと断じるか?」

「それとこれとは別です☆ それに、俺は許していませんよ。先日は気まぐれで俺を助けてくれましたが、会長だって俺を虐めていた、平民を見下し虐げていた。最近は貴族に対しても〝平等〟に厳しく接しているようですが……ミハエル王子のように」


 ロザリオは、「あの人もいずれ粛清しなきゃいけない人間だけど」とぼそりと付け加えながら、歩き出す。

 ぐるり、と俺の周囲を円を描くように。


「最近は会長は変わりました。だけど、それまでの罪が消えるわけじゃないんですよ。俺はティポとザップにいじめられてはいましたが、会長にだっていじめられていた。その恨みは決して———消えない」


 そうではある。

 俺がこの世界で意識を覚醒する前の時間で既にシリウスはロザリオに非道の限りを尽くしている。市中引き回しにしたり、拷問じみた水攻めもしたり、ロザリオだからという理由ではない、平民であれば皆〝平等〟にストレス解消のためにシリウスは虐めていた。


「だから———〝正義〟のために俺はあんたを殺します」


 俺の背後に回り、ロザリオは首筋に魔剣の刃を当てる。

 少し、ロザリオが力を込めれば、首から血が噴き出る。俺の命は彼に握られたようなものだ。


「正義……か。薄っぺらい理由だな」

「何ですって?」

「その魔剣と同じぐらい、軽くて薄い理由だ。正義のためにオレを殺すなどというのは———金のために人を殺すという理由ほどありふれていて退屈だ」


 チラリと後ろを見て、ロザリオの顔を見る。

 動揺は見られない。

 笑顔は貼り付けたままだ———だが、


「命乞いですか? 俺はいつでもあなたを殺せるんですよ?」

「そうだな。オレが接近を許してやったからな。貴様がこの刃を引けば、オレ の命を絶つことができるやもしれん……だが、その程度のことでいいのか? あっさりといままでいじめられていた恨みを、オレがなにもしなかったからこそ晴らせたと、そのように手心を加えられた形で晴らして、お前は満足なのか?」

「…………」


 黙ってしまった。 

 それが———すべての答えだった。


「ロザリオ、面白い提案をしてやろう」

「何です? 聞いてあげましょう」


「———決闘だ。ロザリオ、お前に決闘を申し込む」


 ロザリオの微笑みが初めて崩れた。

 驚いたように目を見開き、やがて———破顔はがん した。


「————ハッ! ハハハッ! 会長から、この俺に決闘の申し込みですか! そりゃあ確かに面白い」

「だろう。それも大々的にだ。この学園のスタジアムで全校生徒観衆の元、オレとお前の一対一の決闘を行う。それで、貴様は恨みを晴らせばいい」


 スタジアムでのシリウスとロザリオの決闘。それは本来———四か月後の決闘祭でヒロインを救うために初めて行われる。

 大事な覚醒イベントだ。

 ロザリオはヒロインの好感度を稼いでいないので、まだやるべきではないのかもしれない。

 だが———やるしかない。


「———ロザリオ、オレを殺してみろ」


 彼が俺を殺す。それは望むところだ。

 手段が、違う。 

 ロザリオはシリウスを創王気 そうおうきの力を使って倒さなければならない。

 魔剣を使って俺を殺すのでは———意味がない。


「———ええ、殺しますよ……皆の前で」


 にっこりと笑ってロザリオが魔剣をしまった。

 あの魔剣で殺されるわけにはいかない。


「フッ……では決闘は明日にしよう。こちらも準備がある。励めよ」

「ええ、死ぬ準備をしておいてください」


 そう互いに言葉を交わし、背中合わせで裏庭を去る。

 俺はなんとしてもあの魔剣をロザリオの手から、とりのぞき、彼の元々持つ真の力の目覚めを促さなければならない。そうしなければ世界がヤバい。

 だが、俺にできるのだろうか———あの魔剣・バルムンクはその世界をヤバくするラスボスの一つであるというのに……。

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