第34話 危険な夜

「どう……してこんな場所に……?」

「そっちこそ……」


 夜の森の中でアンと再会し、お互いに驚きの表情を見合わせる。


「……オレははぐれた班員を探しに来たわけだが……お前は?」

「あたしも森の奥で明かりが見えたから、誰かはぐれた人がいるんじゃないかって……」

「そう、か……」


 アン達と俺達のキャンプ地は結構近い場所だったらしい。 

 うかつだった。

 流石に全班のキャンプ地など把握していない。まさかこんな歩いてすぐに合流できる場所に彼女たちのチェックポイントを設定していたとは……。

 なるべくなら、顔を合わせたくはなかった。

 気まずい……とっとと話を済ませて別れよう……。


「アン……ロザリオを知らないか?」

「ロザリオ? 誰?」


 ああ、そうか。この時点ではロザリオと絡む展開を経ていないから彼女はまだ知らないのか。


「ロザリオ・ゴードンという……頼りなさそうな男子生徒だ。明かりもつけずにこの森の中へ入っていった」

「……それってヤバくない? 夜の魔物は昼と違って凶暴よ。夜の闇に紛れて襲い掛かられたら、明かりもないなら何もわからずに殺されるかもしれない」

「そうだろう。だから、早く見つけたいのだが……」


 ランプを掲げて、俺達の周囲を照らしてみるが、ロザリオの姿は見つけられない。まぁ、当然か。その程度で見つけられるほどの距離にいるのなら、ロザリオは俺達の声に気づき、あちらからやってきていただろう。


「……やっぱり、違うんだ」


 俯くアンがぼそりと呟く。


「違う……?」

 とは……?


「お前は、あたしの思う極悪非道な奴じゃない……そんな奴だったら一人の男子生徒を心配で夜の森に探しに来たりしない」


「…………ッ!」


 あぁ~~~、しまったぁ……。

 シリウス・オセロットだというのに、変にいいことをしてしまったばっかりに……またアンから誤解されてしまった。

 どうにも、俺は悪役貴族としての自覚が足りない……。


「お前……本当はいい奴なんだろ?」


 アンが尋ねる。

 んなわけはない、シリウス・オセロットはド外道で人のことを道具だとしか思っていない。


「あたしの父親を殺さなきゃいけない事情があった……母さんがああなったのも、何か仕方がない事情があった。そうなんだろ⁉」


 アンは必死に問いかけてくるが、見当違いはなはだしい。 

 シリウスはアンの父を「ただ単に邪魔だから」という理由で殺したし、母を「美人だから」という理由で抱いた。そこに裏も何もない。


「そんなわけないだろう。オレはお前の仇。それは変わりない。甘えるな」

「ほら、そうやって……自分で自分を恨むように言ってくる……本当に悪い奴は自分が悪いなんて言わないんだよ……」


 しまったぁ~……もう何を言っても、彼女は俺の言葉をいい方に解釈してしまう。

 アンの俺に対するヘイト管理が、完全に破綻してしまっている。


「なぁ、本当のことを言ってくれよ……何で父さんは死んだんだ? お前に殺されたのか? それとも何か事情があってあんたが罪を被っているのか? なぁ、本当のことを教えてくれよ……」


 いや、本当の事しか言ってないから……!


 俺の態度を見て、アンが勝手に勘違いしているだけだ。だけど、このシリアスな空気で言ってもまともに聞いてくれそうにもないし、どっちにしてもアンは俺を許す方向に解釈してしまう気がする。


 そうなれば———俺は本当に殺されなくてもよくなるかもしれない。


 だが———、


「お前———今の状況をわかっているのか?」

「———へ?」 


 それは余りにも都合が良すぎるし、何の罪もなく死んだアンの父と、悲劇に見舞われた彼女の母が……浮かばれない。

 彼ら彼女らの無念が晴れないのは、俺としても嫌だ。


「俺はお前の母親を犯した男だぞ? その容姿に魅かれてな。お前とそっくりの容姿に」

「————ッ!」


 だから———精一杯、悪役貴族として振舞わせてもらう。


 いい事をしているから、全ての罪が許されるなど、そんな都合のいい世界はないのだから。


「今、俺とお前は周囲に誰もいない夜の森に二人っきり。お前が泣いて叫んだところで誰も来てくれない。そんな状況だというのに、よくもまぁオレを優しいなどと言えるものだ。自分がこれから食われるだけの餌であるとも知らずに」

「……嘘だろ? 今更……悪ぶっても」


 ジリリ……とわざと足を踏み慣らし、彼女との距離を詰める。


「ヒ—————ッ!」


 怯えた表情———やはり、女の子だ。


 怖いものは怖い。


 力も魔法も強い、決して敵わない男が目をギラギラさせて接近してくるのだ。捕まったらどうしようもない。一方的に蹂躙されるがままになるのだ。


「さて———馬鹿な女を頂くとするか、夜の森でやると言うのも一興だからな———」


 できるかぎり———気持ち悪い———悪役らしい笑みを浮かべ、襟元を緩めた。


「————ッ⁉」


 アンの顔が一瞬で恐怖に染まり、ダッと方向転換をして、俺に背を向けて走り出した。


 逃げたか———。


「ふぅ……」


 これで———いい。


 理不尽な悲劇に見舞われたアンが、足りる理由もなくシリウス・オセロットを許すなんて展開あってはならないんだから。

 明日からまた、ことあるごとに彼女から命を狙われる日々が始ま、


「あ—————ッ⁉」


 ふと、逃げていくアンの後ろ姿を見た時だった。

 彼女が、足を滑らせていた。

 ズルリとぬかるみに足をとられたようにバランスを崩し、踵からどんどん地面に吸い込まれていく……!


 違う。


 地面に吸い込まれているんじゃない。

 彼女の下半身が既に地面に遮られて、消えている———消えているように見えている。

 そんな現象は起こらない。


 ———落ちているんだ!



「アンッ‼」


 崖があったのだ。


 夜の森で視界が悪く、足場がないと気が付かない彼女はそのまま足を踏み外して崖の下へと、落ちているのだ。


 俺は———跳んだ。


 アンの元へと。


 ◆


 一方そのころ———湖の畔、シリウス班のキャンプ地、アリシアたちのテントで……。


「どうして、僕がこんな目に……なんだこの薄い寝袋は……小石が刺さって来て痛いじゃないか……!」


 プロテスルカ帝国の王子、ミハエル・エム・リスタ・プロテスルカは眠れなかった。 


 普段自分の身を包んでくれていたふかふかのベッドとは違い、ここで使っている寝袋は携帯が手ごろな軽くて薄い素材で作っているもの。テントは普通の地面の上に設置しているので、下の布を硬い小石が押し上げ、寝袋を貫通し、その感触が直で彼を襲っていたのだった。


「くそ、やっぱりやり込められた気がする……シリウスめ。やっぱり奴は許せん……僕を騙している……くそぉ、チクショウ……みんな僕を馬鹿にして……」


「スー……スー……」


 愚痴をぶつくさ言っていた、ミハエルの耳にふと、アリシアの穏やかな寝息が耳に入った。


「…………」


 体を起こし、テントの入り口を見る。

 あの、ロザリオという名の庶民はいまだに帰ってこない……。

 てっきりトイレにでも行ってすぐに戻ってくるものだと思っていたが、もう彼が出て行ってだいぶ時間が経つ。


「スー……スー……」

 寝ている、無防備なアリシアの横顔……可愛らしいがどこか色っぽい艶のある唇……。


「そうか、そういうことなんだな……」


 ミハエルの口角が上がる。


 あの庶民は、気を使った———そういうことなんだな。


 そりゃそうだろう、将来を誓い合った夫婦の寝室なのだ。誰だって気を使っていなくなる。

 シリウスはこの三日時間をかけてアリシアとの仲を深めろと言ったが、彼女は無防備な姿をさらして自分を待っているのだ。 

 ならば、夫として彼女の期待に応えるというのが筋というもの。


「フヒヒヒ……アリシア……」 


 ミハエルはゆっくりと起き上がり、アリシアへ接近すると、


「アリシアァ………ッ!」


 寝ている彼女に覆いかぶさった。

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