第33話 夜の森。どこ行くロザリオ?
湖の畔で俺たちは計画通りテントを張りキャンプをすることにした。
水辺でウォータースライムが再び襲ってくる可能性があるものの、基本的に奴らは水の中に入って来なければ襲ってこない生き物。それに念には念を入れてテントの近くに魔物避けのお香も焚いているし、
そこらへんにいた
そしてすっかり日が落ちたところでそれぞれのベッドに入って眠ることになったのだが。
「どういうことだ⁉」
これで何度目か、ミハエルが噛みついてきた。
「今度は何でしょうか?」
一応、聞き返すが彼の不満点はわかっている。
「どうして僕とアリシアが二人きりじゃない⁉」
テントは二つだった。
そしてそれぞれの割り振りは、シリウス・ルーナで一つ、アリシア・ミハエル・ロザリオで一つを使ってもらうというもの。
このイベントは自分のためにあると思っていたミハエルにとって、受け入れがたいものだというのはわかっているし、こう噛みついてくるのも覚悟していた。
「そうはおっしゃいますが殿下。やはり男女が一つのテントを使うというのはどうかと……」
「僕とアリシアは夫婦だぞ⁉ 結婚を約束されている男女が一つの寝床を使って何が悪い!」
「まだ夫婦じゃないし、君と結婚するつもりもない、いいからもう寝るぞ。ボクだって嫌なんだ。君と一緒の空間で寝るなんて」
アリシアも不満げな表情を浮かべていたが、「だけどもう疲れたとっとと寝る」と言って、テントの中に一足早く入っていく。
その後にロザリオも続いて入っていこうとし、
「おい、庶民! なに僕たちのテントを勝手に使おうとしている! それ以上そのテントに近づくな! そこは僕とアリシアのテントだ」
「そうなんですか?」
ミハエルの言い分にロザリオは動じる様子なく、俺に判断を任せるとばかりにこちらを見る。
「ロザリオ。構わん、そのままテントに入れ」
「なっ⁉」
「わかりました」
ロザリオはテントの中に入り、ミハエルは俺に詰め寄って来る。
「シリウス! 何を考えているこれは問題だぞ⁉ 僕とアリシアの二人だけの一夜を、君はプロデュースするべき立場の人間だろう⁉ それを……よくよく考えたら最初からそうだった。君という人間は、」
その言葉を手で遮る。
「落ち着いていただきたいミハエル王子。このモンスターハント大会の期間は何日ありますか?」
「はぁ⁉ 三日だろ! こんなじめじめした最悪の環境に三日い続けなきゃいけない! それも僕は腹立たしいんだ!」
「王子、話を一度脱線させますが、ディナーコースというのは好きですか? オードブルにスープにパンに……最後の最後にとっておきのメインディッシュがやって来るディナーコースは?」
「はぁ⁉ 本当に話が脱線しているぞ! そんな話が今どんな関係がある⁉」
「好きですか?」
「好きも何も……毎晩それだよ! さっきのアウトドアらしい肉だけ食事もたまにはいいけど、コースの方が王族らしくて、確かに好きさ! だからそれが、」
「全てメインディッシュのコースは、嫌でしょう?」
「…………確かに」
あっさりと、ミハエルは納得した。
「そういうことか?」
「そういうことです。モンスターハント大会の期間は三日、大切な二人だけの夜は最終日に取っておくのです。今はまだオードブルを食べている段階。二人きりになりたいけど慣れない、だけど常に一緒の時間を過ごす。そんなじれったい時間を楽しむ段階にあるのです。最初からメインにしゃぶりつこうとしないでください。メインは二人の気持ちが最高に高まった後。障害のない恋よりも、障害のある恋の方が燃えるでしょう?」
「…………一理ある」
ミハエルは俺を指さし、
「シリウス。お前、頭がいいな」
やっぱちょろいなコイツ、かわいく思えてきた。
「理解していただけたようで何より、今は焦らずに障害を楽しむのです。まだ触れ合うことができない距離という障害を。恋愛とは段階というモノがあるのですから」
「わかったわかった。大体わかった……そうだな、今日をのぞいても二日ある。焦らずじっくりと楽しむことにしよう」
そう言ってミハエルは「ハッハッハ……」と笑いながら二人がいるテントへと向かっていった。
さて……、ミハエルのワガママも何とか
「……ルーナよ」
俺とルーナのテントに入り、彼女に声をかける。
「ハァ……ハァ……お兄様?」
「疲れているか?」
〝ギャラルホルンの杖〟を握りしめて疲れた様子を見せるルーナ。
疲れて当然だ。
彼女は徹夜した上に森の中を歩き、その間ずっと五十体もいる
「ハァ……ハァ……いえ大丈夫です。まだやれます」
そう言うルーナの顔色は悪い。
本当に申し訳ないことをしていると思う。
「もうよい、寝よ」
だから、彼女に寝るように命令を下す。
「え……ですが、
「よいといっている。それぞれの班がキャンプをする場所は安全地帯だとしっかり下調べをしている。タルラント商会の魔物避けのお香もある。万が一もあるが、その調子では二日三日目が持たんだろう。今は休め」
「ですが……」
「
「…………ッ!」
シリウス・オセロットに強い口調で言われたら、ルーナは黙るしかない。
「わ、わかりました。申し訳ありません、命令に逆らおうとしてしまい……お兄様のお申し付け通り、ルーナは休ませていただきます」
「うむ」
そういうとルーナは〝ギャラルホルンの杖〟を手放し、体を寝袋に横たえると意識を失うように一瞬で眠りに落ちた。
本当に限界まで働かせてしまった……。
「さて、とはいうものの……万が一はあるからな、何とか
ルーナが置いた〝ギャラルホルンの杖〟を拾い、俺は自分の荷物から、【バカでもわかる基礎魔法】の60Pを開く。
「何々……【誰でもできる魔道具への魔法の付与方法】———「魔道具に属性魔法を付与してみよう。炎属性を付与して常に燃える剣にしたり、土属性を付与して更に頑丈な盾にしたりすることができるよ☆ 応用として魔力回路に〝指令〟を書き込むことができて、「所持者の怪我を感知して自動で分解されて体内に吸収される薬草」や「魔物を見つけると追尾する矢」なんてこともできるよ。慣れてきたらやってみよう……か。要はあの石室で行った解呪の逆をやればいんだよな?」
口調を緩めて、とりあえず本に集中する。
「今度は頭でイメージして魔力で命令をかきこむ……え~、〝シリウス・オセロットが命じる。生徒の身に危険が迫った場合〟……だと曖昧過ぎるか所詮は
〝ギャラルホルンの杖〟に魔力を送り込みながら、どんな指令を
「……その場合敵性勢力の排除……も、流石にSランクの魔物相手だと
「……これでいいか〝シリウス・オセロットが命じる———【生徒の悲鳴が聞こえた場合、対象の生徒を抱えて五十メートル移動し、その場から最も近くにいる別の生徒の元へと対象生徒を届け、離脱しろ】」
ポウッと〝ギャラルホルンの杖〟が光る。
多少は
だから、どんな状況でも生徒の安全だけは確保できるような、非常に単純な指令を〝ギャラルホルンの杖〟を通して、全
「成功した……みたいだな……本を読みながらだったら、できるのに……何でそらだと初歩的な炎魔法も使えないんだよなぁ……」
【バカでもわかる基礎魔法】をしまいながら、外の様子を伺う。
少し離れた茂みに恐らく
もう一つのテントの方からだ。
「———ロザリオ?」
ロザリオ・ゴードンがテントを抜け出して、明かり一つない夜の森の、奥深くへと進んでいく。
「……あいつこんな夜に何をするつもりだ?」
強くなっているとはいえ、万が一がある。
俺はテントに備えているランプの明かりを消し、もう一つの携帯用のランプを持ってロザリオの後を追った。
◆
ロザリオの姿を見失った。
こちらは魔法石を加工した、魔力を込めると光を放つ『魔光ランプ』という魔道具を使っているというのに、ロザリオは何も道具を使っていない。
ぼんやりと月明りで辛うじて道が見える。それだけで彼は進んでいた。
「くそ……雲が月を覆うと、もうダメだな」
空を見上げる。
白い雲が月を覆い隠し、辛うじて木々を照らしていた月光が完全になくなり、ロザリオの影も消えてしまう。
「ランプを使っていれば追うことができたものを……全く使わずにあいつは何を考えているんだ……」
死ぬつもりか?
夜の森なんて魔物がいない現代でも、非常に危険だというのに。
ポウッ。
と———思っていたら、森の奥に明かりが
「ロザリオか? やっぱり魔光ランプを持っていたのか……」
引き留めようとその明かりに向って行き、やがてそのシルエットがはっきりと見えるようになる。
「おいロザ———、」
「誰だ? はぐれた参加者か———、」
雲が晴れ、月明かりが相手の顔を照らす。
女の子だ———ロザリオじゃない———茶色がかった赤い髪の幼い顔立ち———。
「———アン・ビバレント」
「———シリウス・オセロット……」
父を殺された復讐者、アン・ビバレントと月夜の森で遭遇してしまった———。
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