第32話 第二チェックポイント
第二チェックポイントは、名もなき湖の
ここで一体のモンスターを狩り、その後キャンプを設営して一夜を過ごす予定となっている。
「ここでも魔物が出るのか? 何が出るんだ?」
「ウォータースライムですね。だから……」
アリシアに尋ねられたロザリオが足元に落ちている石を拾う。それを湖の中に放り込み、ウォータースライムをおびき出そうと言う算段だ。
「ちょっと待て! 余計なことをするんじゃあない、庶民! アリシア!」
ミハエルの声でロザリオの動きがピタリと止まり、名前を呼ばれたアリシアは不機嫌そうに振り向く。
「……なんだよ?」
「湖の真ん中で何か光るモノがあった……君が見に行って来てくれないか?」
「ハァ?」
ミハエルがニヤニヤ笑いを浮かべ、アリシアに頼む。
「ですが、ミハエル王子……ウォータースライムは……」
「庶民は黙っていろ! アリシア、未来の夫となる僕の頼みだ。行ってきてもらいたい」
「そう言われて、行くと思うか?」
呆れた様に肩をすくめるアリシア。
少し不穏な雰囲気が漂い始めたので、俺はミハエルに顔を近づけて耳打ちをする。
「……あのミハエル王子。ここは、」
「黙ってろ……! いいか、今度は僕がやる……! だからお前はただ見ていろ……!」
王子にそうピシャリと言われては、ただの貴族であるこちらとしては黙らざるを得ない。
全く、このワガママ王子は……。
「どうしてボクが君の命令を聞かなければいけないんだ? ミハエル、そんな義理がどこにある?」
「頼むよ、アリシア。もしかしたらモンスターかもしれない。確認してくれ。君が」
「嫌だ。ボクはそんな命令は聞きたくない。気になるんなら自分で行け、ミハエル」
「夫に対してそんな態度をとるのか?」
「何度でもいう、ボクは、君と結婚しない」
にらみ合う二人。
バチバチと剣呑な空気が流れている。
「フッ、頼むよ。アリシア、そんなこと言わないでさ……見てきてくれよ。僕はご存じ、後衛タイプで君は前衛タイプだろ。剣を抜いて前線で突撃する……僕はその後ろでサポートをするタイプの戦闘スタイルなんだ。だから、勇敢な君に観に行って欲しいんだよ」
「…………」
それでも余裕の表情を崩すことなくアリシアにミハエルは頼み込む。
アリシアは少しだけ下手に出るような頼み方をされたので、ミハエルの真意を測りかねていぶかしむような視線を彼に向けた。
「それとも怖いのかい? ガルデニアの王女様が? 強い騎士になると息巻いている君が?」
「———はぁ?」
遂には挑発されて、アリシアはムッとした顔する。
「———わかったよ。ったく」
そして不承不承ながら、湖に近づいていく。
「あ———」
危ないとロザリオが手を伸ばしかけた時だった。
ミハエルの指に魔力が宿った。
「へ?」
クイっとミハエルが指を折り曲げると、アリシアの足元の地面から〝土の手〟が映え、アリシアの足首をガッと掴む。
「わ———⁉」
足を突然からめとられたアリシアはバランスを崩し、そのまま前に倒れて湖に落ちてしまう。
「ぷはッ! なんだ? 何か引っかかったぞ⁉」
ミハエルの土魔法によるものだった。自分の得意な土を固めて物を形作る魔法。
それを使ってアリシアの、足を引っかけたのだ。
ズザザ~……ッ‼
湖の水が巨大な山のような形に盛り上がっていく。
———ウォータースライムだ。
全身が半透明のゲル状の物質でできているそのスライムは、自らの縄張りに
「———ったく、こいつか? こいつがボクを転ばせたのか?」
アリシアは剣を抜いて、ミハエルの仕業だとも知らず、ウォータースライムに向ける。
「来い! ヌルヌルの化け物!」
「危ないです! アリシア王女! 湖から上がってください!」
「へ?」
ロザリオの声に、彼女が振り返った時だった。
ウォータースライムの一部が別れ、水でできた山のようなその全身から、一斉に触手が伸びていく。
「わ⁉ な、なんだこれ⁉」
四方八方から襲い掛かって来るスライムの触手に、彼女は手足をからめとられ、振りほどこうとアリシアは剣を振る。
メチャクチャな軌道だったが、触手の一本に命中し、両断した。
が———、
ニュルンとすぐに断面と断面が接合された。
「再生したっ⁉」
「ウォータースライムに斬撃は効きません! 魔法攻撃でないと!」
「そう! 魔法攻撃じゃないとダメなんだ!」
意気揚々とミハエルが前に出る。
そして、懐から指揮棒のような杖を抜き、ウォータースライムへ向ける。
「おのれ汚らわしいスライムめ! 僕の婚約者を放せ! 待っていろアリシア! 今この僕が! このミハエル・エム・リスタ・プロテスルカが倒して見せよう!」
誇らしげな彼は、オーケストラの指揮者のように優雅に杖を振り始めた。
ミハエルは騎士学校に所属しているが、極めてスタンダードな魔法使いの戦闘スタイルだ。樹木は魔力を多く宿し、それを加工して作られた木製の杖は使用者の魔力を増幅させる役割がある。
だから剣はあくまで
「大地よ! この高貴な声に応えよ―——
ミハエルの足元の土が盛り上がり、大砲の形を成す。
「発射!」
ミハエルが杖をウォータースライムに向けると、その大砲から岩石の弾丸が飛び出す。
魔物に向けて高速で打ち出された高速の岩石の弾は———見事に直撃し、ウォータースライムに風穴を空けた。
「フッ……僕にかかればこの程度……」
魔物を倒したと誇らしげに前髪を撫でるミハエルだが、
ズゾゾゾゾゾ!
見る見る間に、着弾部分は再生してしまった。
「なっ———!」
「スライムに斬撃だったり打撃だったりの攻撃は効きませんよ。土属性の魔法では倒せません」
「ク———ッ! 庶民がっ! 偉そうにするな!」
忠告したロザリオに噛みつかんばかりの勢いでミハエルが睨みつける。
「土じゃなければいいんだろ? 僕を舐めるな雷属性魔法ぐらい、」
「それではアリシア王女を巻き込みます!」
「な……じゃあどうしろっていうんだ⁉」
自分がこの状況作り出したことをすっかり忘れたようにパニックに陥る。
手はいくらでもある——が、
「もういい———!」
アリシアの声だ。
手をこまねいている男どもに焦れた様に全身が青く光り始めた。
「———
王家にしか許されていない、青い熱を帯びた魔力のオーラを
そして、彼女の体は———落下する。
「わ———」
アリシアは、ウォータースライムに拘束されていた時、遥か上空に持ち上げられていた。
そして、湖の水は浅い。膝まで届かないほどしかない。
アリシアが持ち上げられていた高さは地上五メートルほど。
騎士なのだから、着地ぐらいは自分で何とかしろと思うが、不意を突かれたせいなのか、アリシアは完全にバランスを崩し、頭から水面へと落ちている。
「ロザリオ!」
「はい!」
指示を飛ばす。
彼はそれだけで分かったようで、その場から一足飛びで飛ぶと、一瞬でアリシアの元に辿り着き、彼女を抱き留めて運ぶ。
「わ……」
お姫様抱っこをされているアリシアはロザリオの顔を見上げていた。
———よし!
だが、ロザリオはアリシアが自分を見ていることなど全く気付かず、俺の方を向き、
「会長!」
同じように必要最低限の声かけ。
まぁ、何が言いたいのかわかるが———、
「うむ———!」
俺は拳を握り、ロザリオと同様にこのシリウスの身体能力と魔力に任せて、一足で横薙ぎに跳び———一瞬でウォータースライムの懐に入り込む。
「ハアァッッッ———‼」
そして、ウォータースライムの足元と言っていいのか……至近距離で拳を天高く突き出す。
それだけだ。
俺がやったことはそれだけ。
だが、シリウスの持っている魔力が膨大で強力過ぎた。
拳から出る魔力が天へ向かって吹きあがり———とてつもない暴風を生み出す。
俺を中心として発生した魔力の嵐はウォータースライムの体をバラバラに刻み、空の彼方へと消し飛ばした。
「うわぁ……」
アリシアはロザリオにお姫様抱っこされた状態でその光景を見つめ、やがて陸地に辿り着くとスッとその手から降ろされた。
これはだいぶ接近したんじゃないか?
ヒロインがヒーローにお姫様抱っこをされるなんて、ドキッとする最高の恋愛イベントじゃないか。
岸辺ではアリシアとロザリオが「すまない」「いいえ、光栄です」と礼を言い合っている光景が広がっている。
その光景に満足しつつ、俺は自分の足元にあったウォータースライムの本体ともいえる採取物——スライムの
「師匠! 今のはなんて魔法だ⁉」
岸辺にあがったアリシアが目を輝かせて見上げてきた。
「たわけ。誰が教えるか。あれは
というか魔法でも何でもない。
「ぶ~……教えてくれてもいいのに……」
「まぁまぁアリシア王女。会長は「見て盗め」って言ってるんですよ。シリウス会長は素直じゃありませんから」
「……はは、確かに素直な人間じゃないな、師匠は。ロザリオ、君も彼のことを結構わかってるじゃないか」
「光栄です」
「フンッ、たわけどもめ。つまらんことを言っているな。目的は達した。今日はここで一夜を過ごす。無駄話をしていないでテントを設営しろ」
「はいはい……わかってるよ」
「了解です」
アリシアとロザリオがすぐさまテントの設営に入る。
「…………」
俺は、手に入れたスライムの核を見つめ、考える。
本当に何なのだろうこの体は、何か〝できる〟と思って適当に拳を振ったりするだけでも魔力が答えてくれて強大な波動を生み出し、敵を粉砕できる。
アリシアたちに教えを乞われたが、俺自身何もわかってないのだ。
だから、頼まれても教えられないのだ。
通常は魔力はそれ単体では物質に影響を及ぼせないエネルギー体。それを呪文だったり魔道具だったりで法則を与えて魔法という現象に変える。それが『紺碧のロザリオ』の設定のはずだ。
無詠唱魔法というモノがあるが、それは詠唱を極めて完璧なイメージを頭の中で描けたエキスパートだけが使える技。俺はそんな具体的なイメージはないし、そもそも魔法に関する基礎的な知識がない。本を読みながらじゃないとまともに発動できないレベルだ。
それなのに……、
「やっぱりスペックが異常だな……このシリウス・オセロットの体……」
努力を全くしないでこの実力なら、努力をすればどれだけの強さになるのだろうか……。
「ん?」
ふと顔を上げる。
「ギリギリギリ……!」
ミハエルだ。
彼が歯を食いしばりながら、一緒にテントを設営しているロザリオとアリシアを恨めし気に見つめていた。
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