第31話 ランチタイム ~一時の休息~

 第一チェックポイント通過後、俺達は森の中を進み、道中ホーンラビットという魔物を狩り、昼食とした。

 兎の丸焼きにアリシアは最初は抵抗を示したものの、空腹には勝てずに食らいつき、食べてみると味付けしていなくても肉汁のコクがある味に感動しバクバクと食べていた。ミハエルも同様に「王子がそんな不潔なものを食えるか」と拒否していたが、俺が非常食しか持ってきておらず、普段宮廷で食べるような豪華な食事がここでは用意できないとわかると仕方なく兎の丸焼きを食べ、その味に夢中になっていった。

 そこでは大勢で同じ食卓を囲むという、物理的な距離も心の距離も近くなるアウトドアのイベントだ。


「しょ、庶民の味も意外とおいしいな! アリシア」

「そうだな」


 そっけない態度でアリシアは返し、困ったような表情を浮かべるミハエル。

 それでも気を引こうと彼女に話しかける。


「だ、だけどプロテスルカの王室の味はこの何百倍もおいしいからな! 覚悟しておけよアリシア!」

「プロテスルカに行く気はないよ」

「な⁉ じゃあ結婚した後もこのガルデニアに残るつもりか⁉ 僕は許さないぞ、夫婦別居なんて! お前は僕の傍にいるべき女なんだ!」

「……お、師匠! それなんだ⁉」

「あ……」


 アリシアはついに、ミハエルを無視し、俺の手元を指さす。

 俺は手に瓶を持っていた。その先から粉がパラパラと兎肉に降りかかっている。


「岩塩だ。『イタチの寄り合い所』で買った。持ち運び便利で相性のいい調味料だ」


 兎に塩をかけている俺に何か文句がありそうな目で見つめるアリシア。


「おいしそうだな」

「ああ、旨い」

「でも。そういうのを持っているのなら、自分だけじゃなくて他の人にも分けてあげるのが筋じゃないのか?」

「たわけ、これはオレが持ってきたものだ。なぜオレ のモノを人にやらねばならん。オレがそんな優しい人間に見えるか? そういうのは優しい人間に頼れ」

「む~……」


 アリシアの視線が横にスライドし、ルーナに向けられる。


「君からお兄さんに分けてくれるように言ってくれないか?」

「えっ⁉」


 急に王女に話しかけられ、自分に話題を振られるとは微塵も思っていなかったルーナは肩を震わす。


「え、あの、その……ルーナは『犬の子』でございますので、お兄様に意見するなどたいそうなことはとてもとても……」

「『犬の子』?」

「こいつとオレは母親が違う。ルーナは父がメイドと関係を持ってできた不貞の子。どことも知らぬ野良犬の血が混ざっている娘だということだ」

「うわぁ~……その言い方は流石のボクでも引くぞ……改めたほうがいいんじゃないか?」

「たわけ。なぜオレが下々の者をいたわれなばならん。弱い犬を犬と呼んで何が悪い」

「相変らずだなぁ~……」


 俺のあまりの物言いに肩をすくめるアリシア。


 それでいい。


 俺は決してやさしい人間などではない、鬼畜外道で家族を顧みない男だと再認識し、距離を取ってくれれば。


「妹さん、君もひどい兄を持って随分と可哀そうな人生を送っていたんだな」

「そ、そんなことはありません……お兄様は、私にとって神そのものですから、ルーナはお兄様がいてこそ存在しております故、それに、近頃は非常にお優しく……ルーナはいつも感謝するばかりです」

「師匠がぁ~? 優しいぃ~? 君、妹には優しいとか実はそういう人間なのか?」

「たわけ、そんなわけないだう」

「へぇ~」


 何を考えているのやら、アリシアはニヤニヤと笑っている。


「———それよりも、岩塩はいいのか?」


 話題を元に戻す。


「いいのかも何も君が譲ってくれないことには……君しか持っていないだろ?」

「そんなことはない、普通に売っているものだ。平民でもこのぐらいは持っては来ているだろう」


 チラリと目線をロザリオに向ける。

 ロザリオは向けられた俺の目線の意味がわからず、眉根をひそめたが、何かに思い当たったようで、自らの荷物を漁る。


「……あ、俺も持ってた。岩塩」

「あ!」


 ロザリオが取り出した岩塩をアリシアが指さす。

 俺がこっそり忍ばせておいたものだ。この国では岩塩は全く貴重なものではないらしく、『イタチの寄り合い所』にかなりの安値で取り扱っている。だからロザリオが持っていても違和感がないもので、こういう場面を想定して仕込んでいたものだ。


「こんなの荷物に入れた覚えはないけど……?」


 頭に疑問符をロザリオは浮かべているが、アリシアは物欲しそうに手を伸ばし、

「ロザリオ! それをボクに分けてくれないか?」

「……え、ええ、いいですよ。アリシア殿下」


 にこやかにロザリオは微笑み、岩塩をアリシアに渡す。


「ありがとう、ロザリオ! 君は優しいな! どっかの生徒会長と違って」

「フンッ」


 こっちにジト目をむけてくるが、これでいい、狙い通りだ。

 このイベントは俺の好感度じゃなく、ロザリオの好感度を上げるイベントなのだから。


 そして岩塩付きの兎肉を頬張り、


「うんまぁ~~~~~~い‼」


 頬を膨らませながら、感動の声を上げた。

 それを隣のミハエルが羨ましそうに見つめていた。


「あ、アリシア……その、僕のにも……」

「ありがとうロザリオ! 返すよ!」


 ミハエルの声が小さすぎて、アリシアの耳には届かなかったようだ。

 ロザリオはアリシアの手から岩塩を受け取り、


「ミハエル王子もどうです?」


 と、彼に微笑みかける。


「い、いらない! 庶民の味付けなんて! 貴族の僕の口にあうものか!」

「……意地を張らないで、借りればいいのに。シリウスだってボクだっておいしいって言ってるんだから」

「う、うるさい! 僕は、僕は……!」


 アリシアが珍しくミハエルに対して忠告ともとれる言葉をかけているが、ミハエルは聞こうとしない。

 ロザリオがまだにこやかに彼に向けて差し出している岩塩の瓶を、名残惜しそうに見つめ、


「い、いいからしまえ! そんなもの、僕が庶民の手から受け取るわけないだろう!

「そうですか」


 ロザリオは笑顔を張り付けたまま岩塩の瓶をリュックにしまった。

 その後もミハエルはアリシアの兎肉を羨ましそうに眺めていた。

 岩塩は俺も持っていたので、貸すことはできたが、ミハエルにとってそれもそれで屈辱だろうし、何よりシリウス・オセロットらしくない。

 だからやめておいた。

 が、その後もミハエル以外の人間が会話で盛り上がる様子が目立ち、流石に少し同情を覚えた。


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