第30話 第一チェックポイント
小さな穴がいくつも掘られた丘の
犬のように突き出、牙が映えた口と、白い毛に全身を覆い、エルフのような尖った耳が特徴的な鬼——コボルト。
彼らは人間と同じように集落を作り、そこを拠点として『黄昏の森』周辺の人間を襲う。
木製の槍やボロボロのマントを羽織っており、知能は魔物にしてはあるが、凶暴でコミュニケーションをとることはできない。
討伐ランクはF。
基本的に武器を持たない商人や女子供を襲い、道具を奪う魔物で、自分より強そうな騎士相手には絶対に立ち向かってこない。卑怯とも思える魔物だ。
なので、初級でも魔法と技を習得している騎士候補生なら充分倒せるほどの魔物である。
「うぇ……汚いなぁ……何がチェックポイントだよ」
俺達一行が辿り着いた時、コボルトは武器を構えてうようよと動き回っていた。
俺達以前の班が既に辿り着き、コボルトを狩りながら通り過ぎて行ったはずなので警戒心が増しているのだろう。
苦言を呈するミハエルに対して、
「『ここでコボルトの牙を入手すること』———それが第一チェックポイントの課題でしたね?」
ロザリオは真面目に確認をする。
「ああ」
肯定する。
モンスターハント大会で設定したチェックポイントでは魔物の体の一部を採取す
るミッションを各班に課している。
だからなるべく戦ってもらいたいのだが、状況次第では魔物と戦うことができない場合もあるだろう。既に死んでいたり、巣を離れていたり。
そう言った場合も想定して、規定は緩くしている。
その上、中には戦わなくても採取できるような課題もある。
俺達に課した課題も無理にコボルトと戦わなくていいものだ。死体や同族同士の争いで抜け落ちたものを拾ってくればいい。頭がいい奴だったらここで無理に体力を消費しようとせずにそう言った抜け道を使うだろう。
だが——、せっかくの機会なのだ。
「ロザリオ、アリシア!」
「ビッ———!」
何を言うかわかり切っていたので、すかさずアリシアの口を手で塞ぐ。
「貴様らだけでやれ。あの程度の雑魚など
「はい、いいですよ」
「もが……プハッ、ボクもいいけど……あの程度ならボク一人でも楽勝だよ!」
確かにコボルトは弱くてアリシアだったら、楽に対処できる相手だろう。
「たわけ。それは一対一の話だろう。集団相手だと話が違うわ。だが、
「ぶ~……わかったよ」
「行きましょうか。アリシア王女」
爽やかに微笑んでアリシアと共にコボルトの巣へ進んでいくロザリオ。
まだ他人の距離感だな。
だが、ここで協力して何か一つのことを成し遂げたら、ちょっとは距離が近づくんじゃないか?
『紺碧のロザリオ』のゲーム上では主人公とメインヒロインなだけあり、二人のコンビネーションは完璧だった。まだ仲良くなってないとはいえ、ここで協力してコボルト退治をすることで自分たちの相性の良さに気づき、仲良くなるきっかけとなるはずだ。
アリシアとロザリオが剣を抜いてコボルトたちへと向かって行き、コボルトたちも二人に気が付き、雄たけびを上げながら襲い掛かって来る。
二人の騎士候補生は、難なく魔物たちに対処する。攻撃を的確に避け、それぞれ使っている装備はただの鉄の剣で魔法も一切使わず温存している。それでもコボルト程度なら、それで充分と。まるで作業のように倒していく。
心配は———ないようだな。
「おい、今のはどういうことだ⁉」
「今の?」
隣のミハエルが俺を睨みつける。
何か———問題があったか?
「アリシアを呼び捨てにした! それに彼女は王女だと言うのに随分と馴れ馴れしい口の利き方じゃないか! 君のさっきの口の利き方は王族に対するものじゃなかったぞ⁉」
ああ……確かに、油断していた。
あんな一領主の息子が国を治める王家の娘に対して、あの口調は失礼過ぎる。そういった礼儀に厳しいお坊ちゃんの前でしていいものじゃなかった。
だが、どうすればよかったんだ。
アリシアは敬語を使われるのを嫌がるし、あの場で使ってみたら、即座に彼女に「敬語禁止!」と訂正されただろう。
仕方がない、正直に言おう。アリシアとしばらく一緒にいる以上、そういう場面はこれからいくらでもある。誤魔化しようがない。
「アリシア王女から言われているんですよ、敬語禁止だとね」
「な、アリシアが、君にか⁉ 君、アリシアとどういう関係なんだ?」
「見ての通りです。王族と貴族、一生徒と生徒会長。ただそれだけです」
「おい、シリウス———!」
俺の言葉に不服だったのか、ミハエルがグッと顔を寄せる。
「———大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫、とは?」
「君は僕とアリシアをくっつけるつもりはあるんだろうな?」
念を押すように睨みつけられる。
「———ありますよ」
当然のように、嘘をついた。
所詮、こいつはアリシアを自分の所有物にしたいだけの嫌な貴族にすぎない。わざわざ脚本を書いてその脚本通りにアリシアが動かないと気が済まない、相手を拘束する自分の事しか考えていない男だ。
そんな男とこの世界のメインヒロインをくっつけるつもりはない。
「じゃあ、それがわかるように動け! ちゃんと僕とアリシアの思い出作りをさせるんだ! 〝こんなこと〟が二度とないように!」
ミハエルはロザリオとアリシアが遅いかかかるコボルトを難なく倒し、牙を採取している場面を指さす。
彼らは普通に会話を交わしていた。「君、中々やるな。見違えたぞ」「おかげさまで」とにこやかに話し、何だか打ち解けている雰囲気がある。
———おっ、珍しく狙い通り、主人公とヒロインが接近している。
「アリシアの隣! あそこに立つのは庶民じゃなくてこの僕のはずだ! これは失態だぞ!」
さっき、ロザリオとアリシアに命令したときは何も言わなかったくせに、彼らの距離が若干近づいているかのように見えると、手のひらを返して文句を言ってくる。
「それはそれは……ミハエル陛下に魔物退治などさせられないと思いまして……コボルトのような汚らしい魔物の相手をするのは嫌でしょう?」
「うっ———うるさい! とにかく、次はちゃんとしろ! 僕とアリシアを二人きりにさせるんだ! 多少、気持ち悪いことでも……アリシアと一緒に乗り越えて見せるさ! いいな、次は僕とアリシアに行かせるようにしろよ!」
「……了解いたしました」
「フン———ッ」
プンプンと肩を怒らせ、ガニ股で遠ざかっていくミハエル。
まぁ、多少ミハエルが文句を言うのは覚悟していた。このイベントはロザリオとアリシアの仲を取り持つ、それを彼は間近で見せつけられることになるのだから。
だから、それ相応の対策はしている。
少し、彼が可愛そうになるほどの〝対策〟を。
「お~い、師匠~‼ これでいいのか~⁉ 楽勝だったぞぉ~!」
魔物討伐を終えて笑顔で手を振るアリシア。
その言葉に反応した人物がいる。
「ししょうッ⁉」
ミハエルだ。
話がまとまりかけたのに、振り返って俺を睨みつけくる。
———どういうことだこれはぁ~~~⁉
ミハエルの刺すような視線がそう言ってたが、無視する。
事情を説明するのが非常にめんどくさかったからだ。
その後、アリシアが褒めてほしそうにコボルトの牙を見せつけた時も、ずっとミハエルの視線を感じ、なんだか落ち着かない気分になった。
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