第28話 班員に文句有り

 緊張とヘイトを買わなくてはと使命感に駆られたせいで、半ばパニック状態に陥り、とんでもないことを口走ってしまった。


「あ~……」


 後悔に頭を抱える。

 本当に酷いことを言ってしまったと申し訳なく思う。「所有物って何だよ…」と言った自分でも思った。ゴミ扱いしてごめんなさいとも思った。

 せめて、その恨みを俺に向け、晴らしてくれれば———と思う。

 ポンッ、と肩を叩かれる。


「や、師匠」


 アリシアだ。

 何やらニコニコと笑っている。


「……どうした? もうモンスターハント大会は開催しているぞ。とっとと準備を進めたらどうなんだ?」

 他の生徒たちはタルラント商会から支給されたキャンプ道具をまとめ、各々で準備を進めているというのに。


「何だよ。せっかくいい演説だったと褒めてやろうと思ったのに」

「いい演説?」


 どこがだ。

 無駄にビビらせてテンションを下げる、最低の演説だっただろうが。

 そう、俺は思っていたが、アリシアは満足げに腕を組んで頷いて、


「ハッパをかけて生徒たちの気を引き締めてこの訓練時見たイベントに集中してもらう。やる気がない状態でやっても訓練って言うのは意味がないからな。必死に取り組んでもらって結果的に強くなって貰ったら……彼らのためになる。師匠はそう考えていたんだろ?」


 …………まぁ、そうだけど。

 そんな、的確に図星を突かれるとこっちとしてはむず痒いものがある。


「たわけ、オレがそんな優しい人間に見えるか? 弱者がもがくさまをあざけるるためよ。楽しむためよ。現に先ほどの生徒たちの怯える表情は最高の娯楽になったわ」

「そうかいそうかい」


 うんうん、とアリシアは笑顔で流す。

 若干、この後方理解者面がイラっとするが、彼女の言う通りこの大会は生徒たち一人一人のレベル上げ、それと、『黄昏の森』の内部調査のために企画したものである。

 その目的のキャラクターを……装備を整えている生徒たち見渡し、その中のある、二人の人物を探す。


 ———いた。


 サイドテールの茶髪の娘と———黒髪のどこか張り詰めた雰囲気のある刀を携えた女性徒。


 彼女たちは今後ロザリオと絡む予定の『紺碧のロザリオ』のヒロインたちだ。

 サイドテールの女の子は探究者のキャラで、古代に存在したとされる『空渡そらわたり箱舟はこぶね』という伝説上の船を探しているキャラで———その船は『黄昏の森』の奥地に眠っている。


 黒髪の、侍のような雰囲気を携えた女性徒は、この聖ブライトナイツ学園最強の存在———四天王の頂点———〝剣聖王〟という厨二が大好きそうな設定のキャラクターだ。彼女の家はプロテスルカ帝国に属しており、ミハエルが学園を去った後、ガルデニア王国との関係が悪化。その後、ガルデニアの力を削ぐ目的と、アリシアをやっぱり我が物にしたいミハエルの手引きで聖ブライトナイツ学園がプロテスルカのテロリストに襲われるという展開が待っている。その時に彼女はテロリスト側に回り、ロザリオの敵になる。


 どちらも今後に発生するストーリー展開———二章と三章に当たる話だ。 

 モンスターハント大会とはその展開をスムーズに、犠牲なく進行させる目的が、主だった。


 あと……私情として、せっかくのファンタジー世界に来たのだから魔物退治とかそういうことみんなとしたかったというのもある……。


 あらかじめ『空渡そらわたり箱舟はこぶね』がある『黄昏の森』の奥地への道を整備しておき、きたるテロリストたちに備えて生徒たちのレベルを上げる一石二鳥の作戦。

 サイドテールの元気っ娘と黒髪の最強乙女とはまだこの時点で俺ともロザリオとも絡めないが、いずれ彼女たちもロザリオと引き合わせる。そして、その後に待つイベントを最速で終わらせ、とっとと俺を殺してもらう。


「ハァ……オレを労うなんて時間を無駄に使うな。とっとと準備を進めろ」

「はいはい」


 改めて、アリシアに向き直ると彼女は、わかっているからというように、離れていき自分の荷物をまとめ始める。

 俺も自分の準備をしないとなと思っていると、後ろから「おい」と声をかけられる。


「これはこれはミハエル殿下……お次はあなたですか」


 ミハエル王子だ。彼はとっくに荷物をまとめ終わっていた。


「どういうことだ、アレは……!」


 アリシアに聞かれてはマズいことなのか、顔を近づけて、声を潜ませて俺になにやら怒りをぶつけてくる。

 彼が差す指先にはロザリオがいた。


「アレ……とは?」

「どうして平民の男が一緒の班にいる⁉ 僕とアリシアの『ドキドキ♡あうとどあ』イベントじゃなかったのか⁉」


 話が違うと俺につかみかからんばかりの勢いだ。


「てっきり僕は君以外は皆女の子で固めてくると思っていたのに……!」


 俺の構成した班員は、シリウス、アリシア、ミハエル、ルーナ———そしてロザリオの五人だ。

 彼にはこのイベントは避けられているミハエルとアリシアをくっつけるためのイベントだと言っているのに、他の男がいたら邪魔だと抗議しているのだろう。


「あいつは邪魔だ……! とっとと他の女の子に変えろ、なるべく軽くて場を盛り上げてくれそうな子に!」

「とはいわれましても……もう班員は決めて、いくつかの班は既に『黄昏の森』へ入って行っております」


 チラリと見やると丁度、アンの班が『黄昏の森』へと入っていくところだった。彼女を見ると心が痛む……。


「……そんなことは関係ないね。僕が代わりの人間を用意しろと言ってるんだ。だったら君は用意してしかるべきなんじゃないのか? 僕は王子だぞ⁉」


 ミハエルは圧をかけてくるが、小物極まった表情と言葉でそんなものをかけられても怖くもなんともない。


「落ち着いてください王子。他に女がいては邪魔でしょう。あくまでこのイベントはあなたとアリシア王女をくっつけるためのイベントなのです。二兎追う者は一兎も得ずと言います」

「にとおうもの?」 


 日本のことわざはやはりこの世界ではなじみがないようだ。ミハエルは首をかしげて頭に疑問符を浮かべる。


「一度に欲しいものは手に入れられないと言う意味です。このイベントで重要なのはアリシア王女にあなたのことを好きになってもらうことでしょう? それなのに他の女がアピールしてきてみなさい。心優しいアリシア王女はその子に遠慮して一歩引くかもしれないでしょう?」

「…………それは困るな」


 コイツ馬鹿だ。

 あっさりと俺の言葉に騙された。それにアリシアのどこをどう見たら、他の娘を思いやって一歩引く大人しい娘に見えるんだ。自分のやりたいこと優先で相手の都合などお構いなく、グイグイくる困ったちゃんなのに。


「つまりはそういうことです。ミハエル殿下にもアリシア殿下にも互いのことを集中してもらう。そのための班分けなのです。私、そして妹のルーナは全力でサポートしますし、あのロザリオという男はこの学園で一番、無害で地味で背景のような男を選出しました。例えあの男が視界にいたとしても、存在感がなくて気づかないでしょう」


 ですから、邪魔にはなりませんと付け加える。

 ロザリオは多少は逞しくなってしまったとはいえ、前髪で目元を隠した典型的なギャルゲ主人公の容姿をしている。髪型や身体に特徴がない彼は、他の生徒たちと一緒にいたら背景に溶け込んでしまうほど存在感がなかった。


「だが……」

「それに、これからあうとどあに入るのです。森の中では荷物を運んだり、暖を取るための薪を拾ったり、雑用のための男では必要でしょう? それをあの者にやらせればいいのです」


 まだ文句ありげなミハエルの口を塞ぐため、殺し文句を告げる。

 お坊ちゃんであるミハエルが進んで雑用をしたがるわけがない。だから、彼の反応としては当然———、


「確かに、一理あるな」 


 と、感心したような表情を浮かべて俺を指さす。


「僕も雑用をしたくないし、君一人に押し付けるのも心苦しい。小間使いが一人いた方が確かにいいな。流石はシリウスだ。ハッハッハ」


 上機嫌でミハエルは自分の荷物を手に取り、当然のように「これを持て、庶民」と言って、ロザリオに渡す。

 ロザリオは何も言わずにその荷物を受け取り———俺を見ていた。


「…………?」


 二人分の荷物を抱えているロザリオは———ジッと俺を見て、微笑を浮かべていた。

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