第27話 開会のご挨拶

 ———バサラ・モンターノが襲われた。

 この大会での優勝候補だった男が謎の存在に襲われて全治三週間の傷を負わせられて今は病院のベッドの上にいる。


 こんなイベントは『紺碧のロザリオ』にない。 


 それも、相手はのっぺりとした〝黒い人形〟だという。

 それを聞いて古代兵ゴーレムを思い出し、バサラを倒せるほどの力があるとすれば、ルーナルートのラスボス———王立機関で製造中の古代技術と現代技術と魔法生物学の英知を結集させた最強の古代兵ゴーレム が思い当たった。

 だが父、ギガルト・オセロットが厳重に管理しているだろうし、暴走しているにしても、この学園に突然来て、強者であるバサラをピンポイントで襲うというのは理由がなさすぎて考えにくい。


 何かが———おかしい。


 だが———とりあえず今はそれは置いておこう———。


 俺は何百人といる聖ブライトナイツ学園の生徒たちの前に立とうとしているのだから。


 開会式だ———。


 整列している生徒たちの前にお立ち台が置かれ、俺はその上に立とうと階段を上っている。


 緊張する。


 こんな大勢の人の前に立つなんて高校の卒業式以来だ。普通の人間だった俺は特に壇上に呼ばれるようなことはなく、そういったみんなが経験するような、校長に卒業証書を貰いにく……というぐらいでしか、衆目の前に立つと言う経験がない。


 だから———正直、初体験と言ってもいい。


 皆が俺を———シリウス・オセロットを見ている。


「———会長からのお言葉です」


 お立ち台の横に立つ、生徒会役員の女性徒が挨拶を促す。

 やりたくねぇ……胃がキリキリする……。

 だが、生徒会長として、このイベントを開いた人間として、シリウス・オセロットとしてやらなければ———威風堂々とやらなければ、示しがつかない。

 壇上に立ち、顔を上げる。


「————ッ!」


 生徒たちの顔が目に入る———。


 みんな、恨めしそうだったり、憂鬱そうだったり、シリウス・オセロットを良く思っていない顔だ。

 当然か、平和に学園生活を送りたかったのに———いきなり死地に送り込まれると決まったのだから。ヘイトは買う。 


 が、ヘイトを買う———必要はもう、ない。


 一番の目的———〝ロザリオを強くするため・覚醒させるためにオレを殺してもらう必要がある〟———というのがただの思い込みであるというのがわかった。

 ロザリオは放っておいても勝手に強くなった。なら、作中ではシリウスが必ず殺されてしまう「覚醒イベント」も別の形で代用することが可能のはずだ。


 だから、無理して殺されなくていい。


 これからは平和的で優しい生徒会長として、この聖ブライトナイツ学園で生きていく。そうしようと決めたんだ。


「えぇ~……お集まりの皆さま————、」


 沈んだ様子の生徒たちを励まそうと、なるべく柔らかい声を心掛けた。 

 そして、彼らを励まさねばと、彼らの顔一つ一つを注視する———、その中で一人だけ目線を逸らしている〝女性徒〟がいることに気が付く。


 アン・ビバレントだ———。


 復讐者———シリウス・オセロットに父親を殺され、母親を強姦された娘。


 あぁ……。


 気づいた。


 俺は何を———甘えていたんだ。


 どこか辛そうに、視線を下に向けている彼女。シリウス・オセロットが彼女に……彼女どころか、他のこの世界に生きる弱者に対してどれだけ酷いことをしたのか。『紺碧のロザリオ』をプレイした俺が知らないわけがないだろう。


 どれだけ、シリウス・オセロットを殺しても足りないぐらいの恨みを———この体は買っている。


 その罪は俺が犯した罪じゃないが、そんなことを言ったところで、彼女たちの気が晴れるわけじゃない。


 ならば俺は———オレがするべきことは———、


「————貴様らは弱いッッッ‼」


 声を張り上げた。

 びりびりと大気を震わせ、生徒たちの顔が強張こわばる。


オレはこの学園の生徒会長———シリウス・オセロットである。それはつまりこの学園の全てはオレのモノであり、所有物であるということ。ゆえに貴様ら生徒たちをどう扱っても構わんということに他ならない! よってオレはこのイベントを開催することにした!」


 いろいろツッコミどころがある発言だ。多分聞いている生徒たちも心の中で反発を持っていることだろう。


 それでいい。


 ヘイトは———やっぱり稼がなくてはならない。

 俺を殺したくなるほど———恨んでもらわなければならない。

 でないと———彼女アンのような被害者の気持ちは晴れない。


オレのモノである以上———〝弱き〟はいらん! 弱者に価値なし! 〝死〟というゴミ箱に放って捨てよう! つまりはあの『黄昏の森』こそ、貴様たちにとってのゴミ箱ということだ!」


 『黄昏の森』を指さし俺は言葉を重ねる———、


「〝獅子は千尋の谷へ子を落とす〟と言う———我が子でさえふるいにかけ、そこから這い上がった者のみを育てる……貴様らにとってあのゴミ箱こそが千尋の谷だ! 生き残りたければ這い上がれ! 這い上がれない者はそのままゴミ箱の隅で腐って死ね! 這い上がって来た者には、オレの満足いく所有物に対しては、それ相応の愛情を注いでやろう……クックック……ただし……! そう簡単に這い上がれるとは思うなよ! 『黄昏の森』には魔物だけでなく、いくつも障害を用意している!」


 ここからは大会の説明……協力者たちの紹介だ。

 俺は手で自らの後方を指し示す。

 そこに待機している〝者たち〟を———。


「ただの魔物狩りではつまらんからな! お邪魔キャラとして野盗を雇っておいた!」


「「「ヒャッハ————————————————————————‼‼‼」」」


 袖の破れている荒々しい衣装に身を包んだ『スコルポス』の皆様方。


 世紀末的なノリを、ノリノリで演出してくれて、指示もしてないのに舌を突き出したり、ナイフを舐めたりして生徒たちを威圧してくれている。


「———こやつらが、ことあるごとに貴様らを襲うだろう! オレが雇ったのは全て、残虐非道、人道無視の外道どもだ! 貴様らはいずれ騎士となる。そうなると、いずれこういった奴らと対峙する未来が待っている! 学生だからと甘えず———今から倒して見せろ!」


「「「ヒャッハ————————————————————————‼‼‼」」」


 『スコルポス』の皆様方が威圧すると、更に生徒たちの顔が青くなる。


 だが———、


「怯えるのは、まだ、早い———!」


 『スコルポス』の逆サイドに———まだ控えている〝お邪魔キャラ〟達がいる。


 俺は更にそちらの方を指し示し、紹介する。


「———続いて……鉄仮面てっかめん軍団だ‼」


 白ランに身を包み、中世ヨーロッパ風の鉄仮面を被った五十体ほどの古代兵ゴーレムがずらりと並んでいる。


「こやつらは全員囚人だ! 重大犯罪者であるがゆえに正体を明かすことはできん! 故に仮面を被らせている! だが、オレが学生たちを殺したら恩赦を与え、釈放を約束し、ここに連れてきた。こやつらは囚人であるがゆえに、自らの自由を求め———必死で貴様らに襲い掛かって来るだろう!」


 フランスの有名文学を元にした———嘘の話をでっち上げる。


 結局、量産型シリウス・オセロットと化した、古代兵ゴーレムの顔……一つ一つを人間らしい顔に修正する時間はなかった。

 五体ぐらいは別人の顔に変えることはできたが、その時点で日が昇り、ルーナの体力と精神が限界に来たので、やはり別の手を考える必要があった。

 そこで天啓てんけいのように思いついたのが鉄仮面てっかめん作戦だ。

 要はシリウスの顔がわからなければいいのだ。幸い、オセロット家のコレクションに大量に余らせていた鉄の兜があったのでそれを被せた。その上、嘘の話で古代兵ゴーレムともシリウスとも気づかれないように演出する。

 完璧な———作戦だと思った。


「———『黄昏の森』の魔物! 野盗と鉄仮面てっかめん軍団! オレの所有物であるのなら、それぐらいの困難は乗り越えて当然だ! 弱者にオレのモノである価値なし———以上だ!」


 鬼畜外道のシリウス・オセロットらしく、挨拶を締める。

 すると、シィーン……と会場に静寂が訪れる。


 拍手も何もない。それが———答えだ。


 不満はある。だが、怖くて誰も言い出せない。


 それでいい。


「……っざけるな」


 ———おや?

 ボソッと前の方にいた男子生徒が呟く。


「ふ、ふざけるな! 何がモンスターハント大会だ! メチャクチャじゃないかこんなん! 今すぐにやめさせろ!」


 どうやら反骨精神のある生徒は一人ぐらいいるようだ。


「そうだそうだ!」

 

 そして、一人の男子が勇気を振り絞っていったことにより、他の生徒も同調する。


「俺達はゴミじゃねぇ!」

「あんな場所に行ったら死んじまうぞ!」

「あたしたちはあんたのモノじゃない!」


 整列していた生徒たちが至るところから俺へ向けての抗議の声を上げる。


 これはこれで———ムカつくなぁ。

 さっきまで怖くて何も言い出せなかったくせに、一人が抗議の声を上げて、そいつが〝まだ〟無事と見るや、自分も言って大丈夫と声を上げ始める。

 大衆とはそういう者かもしれないが———人の陰に隠れた臆病者の思考だ。

 黙らせよう。


「貴様らはオレのモノだッッッ‼」


 あまりにもうるさく、鬱陶しくなってきたので、一喝する。

 生徒たちは大気を震わせる俺の声にビビり、一斉に口をつぐんだ。


「———貴様らは弱い。弱い人間が自由にものを言えると思うな、それが通ると思うな。弱い人間はただ強者に飼われる家畜にすぎん。貴様らはその家畜だ。わかったらとっとと森へ入って自分を鍛えろ。そのもがき苦しむさまをオレは笑ってみていてやる。せいぜいオレを楽しませる道化になれ———もしもそれが本当に嫌なら———力を証明しろ。本当に嫌なら————」


 そして、俺は、両手を広げた、無防備な姿を生徒たちの前に晒す。


「———オレを殺してみろ」


 やっぱり、オレはこの世界で殺される必要が———ある。

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