第26話 モンスターハント大会——開始十分前。
———徹夜した。
モンスターハント大会当日。
バンバンと花火が鳴り、出店が並ぶ『黄昏の森』前に聖ブライトナイツ学園生徒たちは集められている。ただの
一つのお祭りだ。
俺は生前普通の学校生活を送っていた。その中での文化祭や体育祭というものはアニメや漫画と違って形式ばっていて、形骸化していて、とてもつまらないものだった。
だから、今世では思いっきり派手にやる。
ただの一つのイベントだろうと、アニメや漫画みたいに派手なものに仕上げる。
悪役貴族として転生したことのメリットだ。こういう時に権力を使って好き放題できる。
モンスターハント大会は危険な『黄昏の森』に生徒だけで出向くイベント。なので万が一があってはならないと近くに救護所を設け……ついでに生徒の士気高揚とタルラント商会の宣伝のために出店を出させた。先ほどの花火はグレイヴ・タルラントのサービスらしい。
危険な森の前とは思えないほどの賑わいを見せて、まるでバザーだ。「こっちよってってよ! 安いよ!」というおばちゃんの呼びかけに、これからの憂鬱なイベントを真にしている聖ブライトナイツ学園の騎士たちは顔を明るくし、英気を養う。
「うぅ~ん……」
そんな中、沈んだ顔で屋台に見向きもせずに歩いている男がいる。
———俺だ。
気だるい。
頭痛まではしないが、大切なイベントだと言うのに完全に寝不足だ。
結局、
最初は顔の造形を全く別の者にしようとしたが、一体の量産型シリウスを修正するのに一時間以上もかかり、とても朝までには間に合わないと知恵を捻った。
捻った結果が……、
「おい! 師匠! あれはどういうことだ⁉」
モンスターハント大会開会式の打ち合わせに向かう道中、アリシアに呼び止められた。
眉尻を吊り上げて怒っているような———いつもの表情だ。
彼女が俺を呼び止めるときはいつも怒っている。
「これは〝殿下〟」
「〝ビッチ〟!」
えぇ……。
「…………ビッチ。どういうことだとは何のことだ?」
往来の中、流石に人に聞かれてはマズいと思い、彼女に顔を寄せて小声で〝あだ名〟を
「———班分けのことですか?」
すでにこの会場の広場にモンスターハント大会の〝班〟は張り出されている。
五人一組の班で、アリシアはミハエルとロザリオと俺がいる班———彼女であれば、ミハエルと一緒なことが不満だろうと思い、この反応は想定内だった。
「班分け? ああ……それはまぁどうでもいい」
「どうでもいい?」
あの、ミハエルが一緒の班だというのに?
あの思い出すだけで気持ち悪いと吐き捨てるように言っていたミハエルと一緒の班だと言うのに?
「班分けに———文句はないのですか?」
「ああ、君らしいと思ったよ。あえてボクに試練を与える。ミハエルという試練をな。強くなると決めたんだ。そのぐらいは我慢する———」
とは言っているが、苛立たし気に拳を震わせている。
文句は———あるようだ。
「まぁ、そっちは君が一緒にいてくれるからプラスマイナスゼロだ。それよりも———、」
「え?」
「———師匠! どうして昨日放課後に裏庭に来てくれなかった⁉」
昨日の放課後……か。
何かその前に気になることを言われたが、そっちはひとまず置いておこう。
「何をおっしゃっているんですか、行ったでしょう? 確かに
「敬語禁止!」
「………
「確かに彼が来た。だけど、ボクは君に頼んだんだ! 君が来てくれないと意味がないじゃないか!」
そんなことないだろう!
ロザリオがあんたのヒーローで、この世界の主人公。あんたはこの世界とロザリオのメインヒロインなんだぞ!
運命で結ばれた二人の
「剣の稽古をつけてくれたんだろう? あの男は」
「ああ」
「なら、あのその男に何か感じるものだったり……好意……もしくは好感のような物を抱かなかったか?」
「全然」
全然ときたか……。
「ロザリオは確かに三十分ぐらい剣の稽古をつけてくれた。だけど、教師がボクに教えるのと何も変わらない、「基本ができていて凄いですね、流石は姫様です」の一点張りだった」
「それだけか?」
「その後、三十分経ったら「じゃあ」って互いに言って別れた」
他人の距離感———!
大切な出会いイベントが適当に流された、ただそれだけで主人公とメインヒロインがここまで絡まなくなるのか……やっぱり出会いって大事……。
「うぅ~ん……」
やっぱり、何とか俺が仲を取り持つ必要がありそうだ……モンスターハント大会でアリシアとロザリオを二人きりにさせて、何かドッキリイベントを仕掛けて二人の間を取り持って……。
「おい、聞いているのかシリウス……じゃなかった、師匠!」
「聞いている! まったくなんで俺がそんな親友キャラみたいなポジションをせねばならないんだ……俺は嫌味な敵キャラのはずなのに……」
バサラ・モンターノがもう少し序盤から登場して、アリシアとの仲を取り持つよくいる都合のいい親友キャラだったら良かったものを……変に登場遅くて、四天王という肩書があるせいで、このルートでは変な方向に突っ走ってしまっている。
「親友? 敵キャラ? 師匠は何を言っているんだ?」
「何でもない! バサラ・モンターノがもっと便利な奴だったら良かったと考えていただけだ。クソッ、ヒロインとの仲を取り持つどころか、親友ルートを突っ走りおって!」
「モンターノ……? ああ、君ももうその情報を耳にしていたのか」
急にアリシアが沈んだ表情になる。
「……バサラ・モンターノがどうしたのだ?」
なんだ? もう既に突っ走ってロザリオと愛の逃避行に出かけてしまったとか、そう言うのはやめてくれよ……。
「襲われたそうだ。昨日の夜———」
「何?」
モンターノが……襲われた?
「男子寮と女子寮の逆目で、倒れているのを生徒が発見して、今病院のベッドの上で治癒魔法を受けている。何か鈍器のような物で散々殴られたように、体のあちこちの骨が折れていて……」
「待て、モンターノはこの学園の四天王で守護騎士と呼ばれる存在だぞ? 実力で言うと五本の指に入る」
シリウス・オセロットを上回るポテンシャルを持っている男だぞ?
「それが殴られた? 自慢の盾はどうした?」
「砕かれていたそうだよ……それに、モンターノが受けた傷は全て正面からのもの……だから、奇襲じゃなくて正面から正々堂々挑まれて、彼は負けた」
「なん……だと……?」
バサラ・モンターノがこんな序盤から倒される。そんなの俺の知っているルートにない。
「せっかくの優勝候補だったのにな……」
残念そうにアリシアが呟く。
「そ、それで、襲撃したのは? 襲撃した相手はどんな奴だったんだ?」
「黒い、のっぺりとした———人形みたいな存在だったそうだよ」
「黒い、のっぺりとした———人形……」
彼女の言葉をそのまま繰り返す。
のっぺりとした、人形……?
「
「ごー? 師匠、今なんて?」
「ああいや、何でもない……」
アリシアから聞いた情報だけで、俺はオセロット家の地下にある
「それにしても……四天王と呼ばれるほどの実力者を倒せるものか……?」
通常の
それを倒すとなると———。
「ルーナルートのラスボスか……?」
「え、るー……なんだって?」
ギガルトが秘密裏に王立機関で製造している、最強の
まず、一番頭に思い浮かんだのはそのことだった。
「何でもない……ああ、もうすぐ時間だ————開会式が始まる。アリシア、貴様は早く広場へと向え、集合の時間だ」
遠くの空で、開始五分前を告げる花火が上がっている。
「だから、〝ビッチ〟と呼べって! それじゃあ後でな! 大会の中で———ちゃんとボクに稽古つけてくれよ!」
怒りながらも手を振って、アリシアは駆け足で雑踏の中へと消えていった。
「…………」
まずいかもしれない。
もしも、俺の想像が正しければ、この時点でラスボスが目覚めているとしたら……誰も勝つことができない。
ロザリオがまだ———目覚めていないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます