第17話 二人っきりの食卓

 カチャカチャと食器の音が響く。

 オセロット家の食堂。

 俺とルーナが対面に座り、同じメニューの夕食をとっている。


「「………………」」


 会話がない。

 気まずい。

 壁際で待機している使用人たちがニコニコと笑顔を浮かべながら俺たちを見つめているのがもっと気まずい。

 さっきの流れで喜びの表情をそのまま貼り付けているのだろうが、こっちは動物園の猿の気分だ。

 ルーナは、チラチラと怯えた小動物のように俺の様子をうかがっている。

 彼女も他の使用人たちと同様に、俺が帰ってくるのを待っており、俺が食堂に入り、自分の席に着くと、彼女はどこからともなくテトテと皿を手に現れ、それ床に置いて前と同様に犬のように食おうとしたので、直ぐに「一緒のテーブルで食え」と命令を飛ばした。


「あ~……学校はどうだ?」

「へ……?」


 俺はお父さんか!

 シリウス・オセロットらしくないと思いながらも沈黙に耐え切れずにルーナに質問をする。


 ちなみに、現オセロット家の当主で俺たちの父親にあたるギガルト・オセロットはまだ帰って来ていない。

 彼はテトラ領領主らしく、領地の管理業務だったり、領地内の色んな催し物に出席しなければいけないので多忙を極める。

 かといって家に帰れないほどかと言えばそうでもなく……夜になると常に愛人の元へ足を運び、そこではまた、オセロット家とは別の家庭を持っている。そう『紺碧のロザリオ』のシリウスのモノローグで語られていた。

 ギガルト・オセロットは、愛人家族の元では優しいおじさんをよそおっているらしい。


 そんなことはどうでもいい。

 父親が帰ってこないからと言って、兄である俺が父親みたいに振舞う必要はないだろう。

 話題を切り出すにしても、選択肢をミスったと内心頭を抱えていたが、ルーナは少し、「へむ……」と声変なを漏らした。


「ぇへへ……ンッ、はい……楽しくやっております。先輩達は優しく、毎日が楽しいです」


 少しはにかんで、咀嚼していたものを一気に飲み込む。


「そうか……飼育クラブにいるのだったな……」

「はい……」


 ルーナ・オセロットは心優しい少女で動物と心を交わすことができる。


 飼育クラブはそういった人間以外のモノと気持ちを交わす人間が所属する。が、そこで飼育している動物は剣と魔法の世界らしく、動物は動物といっても———魔物だ。


 それにただ飼っているだけではない。


 競技をするために飼っているのだ。


 飛竜ワイバーン石化鳥コカトリスに乗りレースをしたり、その上で一騎討ちジョストをしたりする。


 実体としては現実の部活で言うところの、乗馬部が一番近い。


 魔物を乗りこなし、他者と競い合う、〝飼育〟という言葉に似つかわしくない、結構ガチのスポーツクラブだ。


 その中でルーナは飛竜ワイバーンレースの期待のホープで、先輩たちにかなり文字通り可愛がられている。


「そうか……励めよ」

「はい……クラブで学んでいることは将来的にオセロット家の……お兄様の役に立つことでありますので、引き続き、獣魔法じゅうまほうを一生懸命学ばせていただきます……」

「別にそこまでかしこまらなくてもよい」

「へ……?」

「楽しいのだろう?」


 ルーナは元々は、飼育クラブに所属することになった経緯は、シリウスの父、ギガルト・オセロットの命令があったからだった。


 獣魔法じゅうまほう———またの名を従魔法じゅうまほう


 魔物という獣を〝したがえる〟ことを目的として開発された魔法で、極めると討伐Sランクの魔物ですら飼いならすことが可能だという。


 ルーナにはその才能があった。


 そして、ギガルトが最も子供に求めた〝才能〟がその獣魔法じゅうまほうの才能だった。


 だから例えメイドと関係を持った故にできてしまった、不義ふぎであろうと、聖ブライトナイツ学園という騎士学校に通わせ、学ばせている。


 ギガルトはルーナに期待していた。


 ルーナにこそ、期待していた。


「楽しむなんてそんな……飼育クラブには多額の部費があります。それをお父様に払っていただいているのに……ただ遊んでなんかいられません……ルーナは結果を出さないと……」


 俯く。

 彼女の胸には義務感があった。

 オセロット家に尽くさなければ、オセロット家の求める結果を出さなければと言う使命感のようなものが。


「そんな余計なことは考えずともい」

「よ、余計な……こと……ですか?」

「あぁ、動物と触れ合うのは楽しいのだろう? なら家族のためなど考えず、素直な心でいろ。いい結果を出さないといけないと自らにプレッシャーをかける人間よりも、そういった、ただ楽しんでいる人間の方が、実際はいい結果を出すものだ」

「そういう……ものなのですか?」

「そういうものだ」


 『紺碧のロザリオ』上で、ルーナは最終的には伝説の神竜しんりゅうを乗りこなして世界をロザリオと共に救うことになる。

 それはルーナが心底他者のことを思いやる優しい娘で、神獣であっても絆を築き上げることができる子だからだ。そういった結果をもたらしたのは、オセロット家への義理からくる義務感ではない。


 素直に自分の心に従った結果だ。


 現実のスポーツの世界でもそんなものだ。義務感を口にして頑張るオリンピック選手もいるが、実際金メダルと取るのはその競技を心の底から楽しんでいる人間だけだ。


「だから……気負わず、励めよ」

「はい……わかりました。ルーナは飼育クラブを楽しみます。ありがとうございます。お優しいお兄様」

「たわけ。どこが優しい? 貴様がよりオセロット家に有用になる人材になるよう、言葉をかけただけだ」

「はい……感謝いたします……そういった言葉をかけていただいてルーナは幸せ者にございます」


 ちょっと言葉がきつすぎたか……。

 ルーナは畏まった言葉を述べて、一礼してしまった。

 そんな硬くならなくてもいいのに……今までのシリウスの教育が彼女の体にはしみ込んで、どうやってもルーナは委縮してしまうようだ。


「ぇへへ……へ……ンッ……」


 怖いのか、卑屈な笑みを浮かべて、食事を続けるルーナ。

 

 やっぱり、シリウス・オセロットのままで世間話をするのは難しい……。

 

 それからも、しばらく沈黙の時間が続き、やがて、


「あの、お兄様……」

「なんだ?」

「そろそろ……〝鍛錬〟の時間ですので、お先に御暇おいとましてもよろしいでしょうか?」


 気が付いたら、ルーナがすでに食べ終わっていた。


「あ、あぁ……かまわん……その、なんだ……励めよ」

「はい、感謝いたします……使用人の皆様方、お食事、おいしゅうございました」


 使用人たちに一礼して去っていく。


「〝鍛錬〟……か」


 それを———できれば俺は止めたかった。


 ‶鍛錬〟というのは、ギガルト・オセロットがルーナ・オセロットに対し、毎夜やるように課した課題である。

 彼女の才能である獣魔法じゅうまほうを応用した、ギガルト独自の‶鍛錬〟なのだが———それは彼女にとって拷問のようないたみをともなうものだった。

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