第7話 予告———魔物狩り大会開催

 聖ブライトナイツ学園中庭にある掲示板にイベント告知の張り紙が張り出され、多くの生徒が集まっている。


魔物狩りモンスターハント大会開催    

                      生徒会長・シリウス・オセロット


 学園西部の『黄昏の森』にて、魔物の活動が活発になっていると我がオセロット家に報告があった。


 我はこれを学園のレベルを上げる好機と考え、来週……魔物狩りを開催する。


 ルールは単純、五人一組の班となり、狩った魔物の一部を学園に持ち帰り、魔物の討伐ランクが高い班に報酬を与える。

 報酬は〝班の望み〟。学園が、オセロット家が叶えられる範囲であれば何でもその報酬を授けよう』


 ざわざわざわ……。

 集まった生徒たちの間で起きる騒めき。


「魔物狩りだってよ」

「授業で『黄昏の森』に入ったことがあるけど……危険な森よ? Sランクのドラゴンとも遭遇することもある……先生の引率がないと絶対に入ったらいけない場所。そんな場所で魔物狩りなんて……」

「死んじゃうよ……絶対やりたくない」

「でも、何でも望みを叶えられるって……」

「命があってなんぼだろ? あんな危険な森に一日だっていられないよ」

「そうだね。やめとこう……」


 不安で消極的な意見で染まる。


 が———、


「え、おい! よく読めよ」



『なお、このイベントは全生徒、強制参加とする』




「「「なにぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼‼‼」」」」



 死地への強制連行と知り、阿鼻叫喚の絵図が展開される。


「ふざけんな! 死んだらどうしてくれるんだ!」

「あたしまだ死にたくない!」

「騎士にはなりたいけど、命はかけたくないぞ!」


「でもさ……もっともなことも書いているよ」」


 一人の少年が張り紙を指さす。彼は他の生徒たちとは違い、冷静な表情だった。



『騎士とは戦いの道具である。有事に自らの命大事さに怯え、守るべき民を見捨てるようなこころざししか持たん騎士であれば、ここで死ね』



 指摘された一文を読み、一同が黙る。


「確かに……正論だけどよぉ……」

「死ねって……」

「普通は学園を出て行けとか退学とかじゃないか……?」


 ハァ……と一同が一斉にため息を吐く。



「「「なんてひどい生徒会長なんだ…………」」」



 その様子を俺は、校舎の中から眺めていた。

 中庭側の廊下から、悲嘆にくれる生徒たちを見て、申し訳なく思う。が、俺の意図したとおりのリアクションだとしめしめと思う気持ちもある。


「うんうん……ちゃんとヘイト管理はできているな。ぬるいエンターテイメントだと支持を集めて、人気を得てしまうかもしれない。好感度が高くなったら、本来の『紺碧のロザリオ』のイベントから外れるかもしれないからな。これでいい」


 と、呟いていると———、


「よくはない‼ 聞いていないぞ、僕は!」


 青髪でパーマがかかってワカメのように見える髪型の、身なりのいいタレ目の少年だ。


「シリウス! なんのつもりだあのイベントは! 僕ですら参加させるらしいじゃないか! このミハエル・エム・プロテスルカですら!」


 ミハエル皇子———彼は眉尻を上げて、手に持っているノートを叩く。


「お前はこの脚本通り進めてくれればいいんだよ! こんなイベント開催する必要はない!」


 ノートにはこう書いてある———『ミハエルとアリシアのラブラブ学園日記♡』。


「何ですか……それは?」


 一応聞いておく。


「僕とアリシアのこの学園生活での思い出さ! 未来のだけどね。僕は彼女と誰もがうらやむような学園生活を送りたい。一緒に魔法の訓練をしたり、僕よりも剣の実力が劣る彼女に剣の稽古をつけて、休日には一緒に庶民の街を見て回る。そんなこの学園で過ごす完璧な……計画書だ!」

「ふむ……」


 きもちわるい。


 実はノートのタイトルを見た時点で、ゲームをやってた時の記憶を思い出し、どういう内容であるかはわかっていた。


 要は脚本だ。


 アリシアとの理想の学園生活が描かれた脚本で、ミハエルはその通りにアリシアが動いてくれないことに腹を立てて、暴走する。そんな独りよがり極まれるキャラだった。

 ミハエルは手をぶるぶると震わせ、


「今日の、今日の時点でアリシアと僕は来週の火炎魔法の試験に向けて一緒に放課後練習するはずなのに……! 彼女に今週会えすらしていない‼ それどころか、来週の火炎魔法の試験はお前のイベントのせいでなくなってしまったじゃないか! おい、シリウスどういうつもりだ! 僕の『ラブラブ学園日記♡』に従えよ!」


 知らんがな。


「まぁ、落ち着いていただきたい。このイベントは皇子のために開催するのですよ」

「……僕のために?」


 中庭で「わあっ」と歓声が上がる。

 それは、張り紙の更なる記述に集まった生徒たちが気づいたからだ。



『期間は3日とする。その間、『黄昏の森』から出ることを禁じる』



「「「期間なげぇ~~~~~~~~~~~~~~~~‼」」」


 まさかの泊り。


 数時間、あるいは半日森の中にいる覚悟を固めていた生徒たちだったが、『黄昏の森』に野宿をする羽目になるという更なる絶望が待っていた。

 その様子を見下ろしているミハエルは鼻を鳴らし、


「フンッ! だから何だよ。読んだよ。それも含めてふざけるなと言ってるんだ! あそこはドラゴンもいる。怪鳥も大蛇だっている危険な森なんだぞ! そんな気持ち悪い森にこの僕を眠らせるのか⁉ 絶対に嫌だからな!」

「そんな魔物、ミハエル皇子なら簡単に撃退できるでしょう?」


 ミハエル皇子はこう見えてかなりの実力者だ。帝国で一級の教育を受けているだけあり、土魔法のエキスパート。大地を自在に操れる、土属性の魔法に関してはこの学園で習うことが全くないほどの男だ。 


 討伐難易度Sランクであるドラゴンを瞬殺できるほどに。


「そうではあるけど、今はそういうことを言っているんじゃない! 単に気持ち悪いと言っているんだ! 屋根もない何もないジメジメした森になんて!」

「まぁまぁ、そうはいってもやってみたら実際楽しいものですよ、アウトドアというのは」

「あうとどあ? 何を言っているのかわからないが……とにかく僕は嫌だからな!」

「まぁまぁ……」


 と———またタイミングよく中庭で歓声が上がる。


また、班のメンバーは生徒会が公平さを鑑みた、能力を元に、‶独断で選出した五名〟とする』


「えぇ~……! 嫌だァ!」

「友達と組みたいのに!」

「あんまり話したことがない人と三日もあんな森の中で過ごすなんて地獄よ!」


 阿鼻叫喚に包まれる生徒たち。さっきからずっとこの状態だ。

 ミハエルは、そんな中庭の様子を見て、何かに気が付いたようにおとなしくなり、


「……シリウス、どういうことだ? 班員はお前が決めたのか?」

「ええ。ようやくわかっていただけましたか? 私のイベントは皇子の脚本を上回るでしょう?」


「……僕の班のメンバーには、もちろん———アリシアはいるんだろうな?」


「もちろん」


 肯定すると、ミハエルがニヤリと笑った。


「そうか……うん、悪くないな」

「悪くないでしょう? 王女と共に、三日三晩一緒に一つのテントの下で寝泊まりをするのです。当然、皇子の班のメンバーには私もいます。万が一危険が及んだとしても私がサポートするのでご安心ください」


 これは、ミハエルとアリシアの仲を深めるためのイベントだと理解してくれたようだ。


「街の豊かな生活から離れ、一緒に苦楽を共にして親睦を深める。それがアウトドアの醍醐味だいごみです。一緒に苦労をして火をおこし、一緒に苦労をして食料を調達し、疲れ果てた夜には共に星空を見上げて眠りにつく。豊かな文明で忘れ去られた、原初の生活の苦労。それに少しだけモンスターというスパイスを加え、アリシア王女をミハエル皇子がカッコよく守る。そういうシナリオはいかがですか?」

「ふふ……なるほど、悪くない。悪くないぞシリウス。そうか……‶あうとどあ〟というんだな。それが。‶あうとどあ〟……結構いいかもなぁ……」


 納得したようで、「脚本を書き直さなきゃいけないなぁ……」とブツブツと呟いて去っていった。


「いやだぁ~~~~~~‼」

「行きたくねぇ~~~~~‼」

「まだ死にたくないっ‼」


 まるでこれから戦地に赴かなければいけないかのような悲鳴を上げる騎士学園の騎士候補生たち。

 それを眺めながら、ミハエルがまんまと引っ掛かってくれたことにほくそ笑む俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る