機動兵器ゼウスマギナ

@al813

第1話・借金取りとゼウスマギナ

「ドクター!ゼウスマギナ、機体推力40パーセントに達しました!」

「ほう、よし続けたまえ」

ぶかぶかの白衣を着た少女は告げる。彼女の目線の先には、

紫と白の機体色を持つ機体があった。全身に埋め込まれているスラスターから火を吹いたそれは空中へと飛び出し、バク転を決める。

「ふむ、では次は推力50パーセントで試してくれたまえよ」

「ま、待ってください!これ以上は自分の身体がっ」

「続けたまえ、っと私は言ったはずだが?」

冷酷な言葉。だがそれが事実だ。ドクターと呼ばれる彼女はテストパイロットの言葉など聞いてはいない。

機体からさらに強い火が噴き出す。だが、脚部がもつれ、転倒。

そのまま廃墟ビルに突っ込んで、黒煙をあげた。

「ふむ、失敗だったかな?ゼウスマギナは……」

少女はゼウスマギナを見つめ、ふうと胸をなでおろす。

「ふむ、機体は無事か。応急処置でなんとかなりそうだね」

「ドクター、テストパイロットの、死亡が確認されました……」

「次のテストパイロットを連れてこい」

淡々とした口調。感情の起伏がないのか、それとも別の何かがあるのか。

「あの……ドクター……もう私もついていけません……」

「ん?ああ、わかった。じゃあ、今日はもう帰っていいよ。私はこの機体を直さないとね」

「ドクター・ファリウス、貴女はきっとどこかでむごい死に方をしますよ…!」

「あはは、忠告どうも」

その男性はドクター・ファリウスへそう言い残し、その場を去った。

残されたドクター・ファリウスはゼウスマギナを眺めながら呟く。

「さてさて、テストパイロットもメカニックも全員いなくなったな。ま、いつものことか。

お前も本当に人を殺しまくるなぁ、ゼウスマギナ?」

ドクター・ファリウスは、ゼウスマギナを撫でるように触り、そして、こう続ける。

「さ、また頑張ろうじゃないか。モルモット君を探しにね」


「あー、ちくしょう、借金減らねーな」

浮浪者の青年、ゼン・ミハークは金貨でコイントスをしながらぼやく。

「あんのクソ親父、借金残すだけ残して死にやがってよぉ」

ゼンの父親は彼に膨大な借金を残して急死した。

借金の総額は1000万G。ようは金貨1000万枚。

並みの家なら5件は購入できる金額だ。

ちなみに、ヴァルハラの通貨単位は『G』である。

「とりあえず、仕事探すか。このままじゃマジでやべぇしな」

ゼンは金貨をポケットに入れ、路地裏から大通りに出る。

空を見上げると、巨大な怪物、魔物が爆弾を投下していた。

しかし、それは街の上空にある電磁バリアで遮断される。

「おー、おー、魔物さんは今日も元気なことで」

ゼンは皮肉げに言う。

魔物。人類を脅かす存在。

魔物は、動植物と機械が融合したキメラのような姿をしている。

体内、対外に無数の火器を搭載した奴らに生身の人類では敵わなかった。

だから人類は城塞都市を建設した。

ここヴァルハラは特に巨大な城塞都市だ。

そのためか、魔物による襲撃も多くある。

魔物の襲撃にはヴァルハラ正規軍の『聖戦騎士団』の出番だ。

ゼンの住むヴァルハラの上空には、緑色のボディをした量産型マギナ、モルドレッドが飛行していた。

彼らは城壁の外にいる人々を避難させつつ、肩のミサイルやマニピュレータに握られたアサルトライフルで迎撃を行う。

聖戦騎士団ヴァルキュリアの駆るモルドレッドは次々に魔物を撃破していく。

「ひゅー!やっぱりヴァルキュリアは儲かるんだろうな。ま、俺には無理かもしれんが」

ゼンはヴァルハラの町中を歩きながら独り言を呟く。

彼はヴァルハラの闘技場に所属する剣闘士である。

借金返済のため、日夜戦いに明け暮れている。

闘技場での戦績は悪くはない。むしろ良い方だろう。

だが、借金は一向に減る気配はない。

父の残した借金は闇金のようで、利子が馬鹿みたいに高いからだ。

しかし、利子すら払えないとなると、あの魔物だらけの町の外へと放り出されるだろう。

天下のヴァルキュリアたちもさすがに借金持ちの浮浪者を助けてはくれないだろう。

「つっても、俺もいつまでもこんな生活は送れないからな……」

ゼンは頭を掻きながら、どうしたものかと考える。

「おい、ゼン。そろそろ時間だ」

「へいへい、稼ぎますかっと」

「君たち、ちょっと待ってくれるかい」

声をかけてきたのは金髪の幼女だった。

「おい、剣闘士くん。君は借金を背負っているのかい?」

「じゃなかったらこんな仕事やってねえよ、お嬢ちゃん」

「ふむ、なるほど。ところで、君の借金はいくらだい?」

「1000万だよ、悪いか」

「ふむ、そうか。」

「こら!クソガキ、勝手に話をっ」

掴みかかる男に幼女はサイン付きのカードを突き付ける。

「なっ」

「ドクター・ファリウスの名はお前程度のゴロツキでも知っているだろう?

この男、買わせてもらう。2000万だ。」

「に、にせんまっ」

「文句ないだろ、ごろつき?」

「うぐっ……わ、わかりやした……」

男はしぶしぶと引き下がる。

「はい、これで契約成立だ。」

「あ、ありがとよ……」

「気にすることはない。私はドクター・ファリウス。天才だ。」

ドクター・ファリウスはにやにや笑う。

足先にまで届きそうなツインテールとぶかぶかの白衣をぷらぷら揺らす姿は本当に幼女だ。

「助けてもらってなんだが、俺はあんまり金持ちを信用したくねえんだ。

俺を買ってどうするよ」

「君にはテストパイロットをやってもらうよ?モルモット君。

いわくつきの私の機体のね」

「いわくつき、だと?」

「君で、100人目のテストパイロットだ。他はみんな死んでる。

メカニックも全員逃げた」

「もはやホラーじゃねえか」

ゼンは自らの髪をかきむしる。

「ま、安心したまえ。君には期待しているよ。モルモット君。」

ドクター・ファリウスは満面の笑みを浮かべた。

「君にはゼウスマギナに乗ってもらうよ。ほら、早くきたまえ」

のりのりにスキップしながら、ファリウスは歩みを進める。

しかし、その前方にマギナが立ち塞がった。

それはおもむろにアサルトライフルを構える。

「あぶねえっ!」

小柄なファリウスを抱きかかえ、ゼンは後方に跳んだ。

直後、地面を弾丸が着弾し、爆炎が上がる。

「お久しぶりですね、博士」

「お前、昨日のメカニック!?何の冗談だい?」

「私は冗談は嫌いです」

「いいや、これはジョークだね。まったく、相変わらずユーモアがない奴め。

それとも、私を殺す気かな?」

「いや、殺す気はありませんよ。ただ、散々こき使われたからね。

仲間と一緒に、貴女をペットして買う事にしようかと」

彼の合図で2体のマギナが姿を見せる。

『ドワーフ』。主にテロリストが製造した機体だ。

基本武装はアサルトライフルとグレネードランチャー。

肩部にはミサイルポッドがある。

マギナ用の猟銃も装備しており、遠距離も得意としている。

「はぁ、私も舐められたものだね。

君たちのような雑魚に私が負けるとでも?」

「おい、お嬢ちゃんっ」

「モルモット君。このままそこのボロアパートに入れ!

ゼウスマギナに乗り込むんだっ」

ドワーフの頭部と胸部のバルカン砲が火を吹き、

ファリウスは吹き飛ばされる。そのまま、地面に激突して、血を吹いた。

「おいっ!!」

「あ、は…!なんだ、この程度か?」

ファリウスは拳銃を取り出すと躊躇いなく発砲する。

しかし、18メートルを誇るマギナに、人用の拳銃では効果を発揮できなかった。

虚しく弾がはじかれ、跳弾する。

「諦めが悪いですね、博士っ」

ドワーフはマニピュレータで彼女を掴むと、そのままギリギリと締め上げる。

「げぼぉぁっ!」

口から吐瀉物をまき散らし、ファリウスは苦しむ。

「やめろおっ!!!」

「は、やく、乗れっ。ゼウスマギナにっ」

「くそっ!」

ゼンはボロボロのアパートへと走りだした。

ドワーフはファリウスを下すと、動けない彼女にバルカン砲を放つ。

わざと狙いを外したそれは彼女に命中しなかったが、大なり小なりの破片が彼女の全身に突き刺さった。

「ぐ、ごぽっ、ごぱあっ」

全身から血を流し、ファリウスは崩れ落ちる。

それでも、彼女は拳銃を構え、ドワーフに発砲する。

だが、やはり効果は薄く、怯ませることすら出来なかった。

ドワーフはアサルトライフルの銃口をファリウスに向ける。

ゼンは既にゼウスマギナのコクピットに乗っていた。

(間に合えぇ!!)

ハッチを閉じ、ゼンは全速力でペダルを踏みこむ。

「起動、出力30パーセント」

「うおおおおおおおおおおっ!!?」

突然機体が急加速し、アパートの壁を突き破る。

「おい、待てよ!30パーセントで、なんて推力と反動だっ!

モルドレッドのフルパワーよりデカいぞ!」

ゼンは慌てて操縦桿を握る。

機体はなんとか転倒することなく持ち直し、空を駆け上がる。

「あのバカ女、一体どんなバケモンを……。

ああもう、考えるのは後だな」

「まだテストパイロットが居たのか!」

ドワーフは狙いを変え、丸腰のゼウスマギナにアサルトライフルの銃弾を浴びせる!

「まずいっ、全身にスラスターが付いているコイツが火器なんて浴びたらっ!?」

攻撃は次々に命中した。が、ゼウスマギナは倒れない。否、傷一つもついていなかった。

ゼウスマギナは片手に大型のシールドをもう片方には自動回転する不思議な小型シールドが装備されていた。

それを加味しても、凄まじい防御力だ。

「ば、バカなっ、ライフルが通用しないっ!」

「あ、たり、まえだ、私の、機体だぞっ」

「喋るな、舌を噛むぜ」

倒れているドクター・ファリウスをゆっり持ち上げ、コックピットに避難させる。

「はは、モルモット君に助けられるとはね」

「傷はっ!?」

「大丈夫だ。重症だが、まだ応急処置できる。持つさ」

「おのれ化け物めぇ!」

ドワーフは対マギナ用猟銃を放つが、それでも、ゼウスマギナは微動だにしない。

数撃でモルドレッドをスクラップに変えられる一撃を喰らっても、ほとんどダメージを受けていなかった。

「なんつー防御力だよ。装甲は殆どが薄いのに」

「この機体は装甲にもフレーム用超硬度機材ブラックフレームを100パーセント採用している」

「ひゃっ!!?」

声が裏返る。魔物の攻撃に耐えるため、マギナには基本的にバイタルエリアにはブラックフレームを『10パーセント混ぜたものを』採用している。

それを純度100パーセントで、かつ、全身に纏っているのか。

先ほどから浴びせられる無数の砲火でもかすり傷すら負わない訳である。

「すまない。驚かせたかな?モルモット君」

「いいから黙って寝とけ、ドクター」

「ふ、そうだね。そうさせてもらおうか」

ドクター・ファリウスは静かに目を閉じた。

その表情は期待と安堵が浮かんでいる。

負けるわけにはいかなかった。

「って、こいつバルカン砲以外にも武装があるじゃねえか!」

ゼウスマギナの両腕部から、レールガン砲が展開し、電気を帯びた弾丸を放つ。

それは2体のドワーフの機体を貫き、爆砕させた。

「あとは、てめえだけだな!幼女いじめ野郎っ!」

「なんだとぉ!!」

ゼウスマギナとドワーフの戦いが始まった。

ドワーフが巨大なハンマーを振り下ろす。

ゼウスマギナはそれを素手で易々と受け止めた。

「バカなっ、パワーだけならモルドレッドも凌ぐドワーフがパワー負けしているっ」

「オラァッ!!!」

ゼウスマギナは掴んだハンマーをそのままへし折り、勢いそのままにドワーフの胴体を蹴り飛ばした。

「くそっ、この化け物がぁぁ!!」

頭部と胸部のバルカン砲を放ちながら抵抗するが、ゼウスマギナはその弾丸では傷一つつかない。

猟銃ですら致命傷を与えられない防御力の前では、そんな兵器ではダメージを与えられなかった。

「やめろっ、やめろぉっ!!!」

「目の前で女を嬲りやがって、思い知れっ!!!」

「やめてくれぇえええっ!!!」

「そこまでだっ!」

マニピュレータを振り下ろそうとした時、突然呼び止められる。

そこには3体のモルドレッド。その中央の機体は青色のパーソナルカラーに塗られていた。

「所属不明のマギナ。貴殿を捕縛する。抵抗するなっ」

「あっちゃあぁ。正規軍かよ」

ゼンはマニピュレータを離すと潔く両手を挙げた。

ーーーーーーーーーーーー

「で、何故、民間人がマギナに乗って戦争ごっこしていたんだ?」

「おい、差し入れはかつ丼が常識だろ?」

「カップラーメンチキン味を愚弄するな」

先ほどのモルドレットのパイロットとゼンはヴァルキュリア本部の尋問室で向かい合っていた。

理由は町中で民間人が規格外のものとはいえ、ゼウスマギナを操縦し、ドワーフと戦っていたことだろう。

向こうが先に手を出したのだが、こっちは機体ごと人間を2人葬っている。こうなることは、むしろ必然であろう。

即、懲罰牢にぶち込まれなかっただけ、何歩かましだ。

彼の目の前には近くの商店に嫌ほど陳列されているカップラーメン。なぜか尋問する側の彼女の方にも置かれていた。

「それよりあの幼女、ドクター・ファリウスは無事かっ」

「ああ、治療しているよ。骨のいくつかにダメージがあるが、命に別状はない」

「そうか、よかった」

ほっと胸を撫で下ろした。

ドクター・ファリウス。

彼女がいなかったら、自分はまた無職に墜ちてしまう。

せっかくの大事な雇い主だ。勝手に死んでもらっては困る。

「俺はゼン。で、あんたらは一体何者なんだ?」

「我々はヴァルハラの聖戦騎士団ヴァルキュリアだ。自分は弐番隊隊長のハルトマン・ディナスだ」

「っち、ディナス家ってことは三大企業のお嬢様って所か。その隊長の任も、どこかのコネで手に入れたか?」

「自分は自分の手で、この地位を勝ち取ったのだっ!」

急に赤髪の少女は怒号をあげる。どうやら、今の発言は地雷だったらしい。

「悪い、悪かったよ。で、なんで先に手を出したあいつは逮捕しないんだ?

俺は確かに犯罪者だが、あいつも同類だぞ」

「あの者は即時解放せよとの大隊長よりの指令だ。規則は規則だ」

「あんな外道をだと!?」

「ルールは守るものだ」

「……ッチ、わかったよ」

ゼンは舌打ちするとカップラーメンをすすり始める。

「安心しろ、お前もそこまで拘束しない。」

「それまた、どうして」

「ドクター・ファリウスから保釈金をあらかじめ渡されているんだ」

ハルトマンはそう告げ、ため息をついた。

不満が顔にでているのがよくわかる。

彼女は堅物ではあるが、融通がきかないわけではない。

規律を大事にしているだけだ。

「ドクター・ファリウスから……いくらだよ」

ゼンは恐る恐ると聞いた。

まさかとは思うが、億単位の金額とか言い出さないだろうか。

そんな不安が頭を過った。

「一桁の殺人者を保釈するのには金額で言うとどう少なく見積もっても2億はかかるだろう。

それに監視なしの自由の身になるなら、ヴァルハラそのものに大きなパイプがある者のみに限られる」

「マジか……」

その金額はゼンの借金の20倍だった。ゼンは絶望のあまり頭を抱え込んだ。

これはドクター・ファリウスに返せる気がまるでしなかったからだ。

「規則で一般人からの賄賂は禁止されているが、ドクター・ファリウスはここの大手スポンサーだ。

個人で、銀行並みの株式を持っている。あの少女には私もさすがに逆らえんさ」

「あのクソガキ、なんてことしてくれやがるんだよっ!これじゃあ、違法カジノに参加させられた方が絶対マシだっ……」

「まあ、今回は特例中の特例で見逃してやる。

ドクター・ファリウスの頼みでなければ、お前のような奴は真っ先に処刑しているところだ。感謝するんだな。

あの子のテストパイロットだろ?次は魔物相手にやっててくれよ」

「ああ、忠告ありがとな」

「……おい待て」

「あ?」

呼び止められる。ハルトマンは机にある食べ差しのカップラーメンを指さした。

「全部食ってからだ」

ハルトマンは無表情で淡々と告げてきた。

ゼンの顔から血の気が引いていく。

「いや、俺、もう腹いっぱいだし」

「つべこべ言うな。これも規則だ。

無許可でマギナを操縦したんだ、ただで帰れると思うなよ」

ゼンは泣きそうな顔をした。

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