第14話


夢を見ていた。



高校の入学式。

初めて私がさやちゃんを。



夕立 沙夜菜という人種を見た日のことを。



初めて彼女を見たのは彼女が新入生代表の挨拶をした時だった。舞台に立って挨拶をこなす彼女は鳥肌がたってしまう程美しかったのを未だに覚えている。


初めて見た彼女はあまりにも美しくて、一目見たときからこの人は他の人達とは違うんだって思った。


彼女と私たち。いや、私は。

いったい何が違ったんだろう。


…いやそれは全部かな?

うん。そうだね……。

全部違った。



でも、あの時はなんでそう思ったんだっけ?

さやちゃんが持ってるあの独特な雰囲気のせいだったのかな?

作り物みたいな美しいその外見のせいもあったんだろうけど、纏う雰囲気というか、まわりを浮遊する空気感がこの世のものでは無いような。

異質というか、浮世離れというか。


私の言葉なんかじゃうまくは表せないけど

一目見た時から確実に、この子は私や他の皆と違う人間なんだってわかった。

多分、私以外の人たちもそう思ったんじゃないかな。とっても美人で注目の的だったのに、入学当初は誰も彼女に近づけなかったから。


実際、彼女は孤高だった。

孤高というより高嶺の花かな??

格が違ったというかなんというか。

遠くで眺める存在で憧れの的というか…?


身長は今より少し低かったけど、透明な夜と同じ艶やかな黒髪は当時もそのままで、切れ長の瞳といつも僅かに上げられた口角が涼しげで、まさに『美人』って感じだった。


そんな綺麗すぎる容姿をしながらも成績はずっとトップで、話してみると物腰も柔らかで人当たりもいいのに、決まったラインからは絶対に踏み込ませないある種の威圧感があって。

出迎えはいっつも黒長の高級車だし。


高嶺の花になってしまうのも頷けるというか。



出る杭は打たれるっていうけど、高校3年間でさやちゃんを悪く言ってる人を私は見た事がなかった。きっと、さやちゃんほど高く出過ぎた杭はあまりにも高くて私達みたいな普通の人間では打とうにも手が届かないんだなって思った。



懐かしいなぁ……。

なんでこんな昔の夢を見たんだろう…?




あ。そっか。



さっきの顔があの時のさやちゃんとそっくりだったからだ。

偶然見てしまったあの日。

完璧な人間でいることを崩そうとしなかった、いや、正確に言うなら崩すことを誰にも許されなかった彼女の本質。

それが見えたあの日の顔に。


クールで、勝気で、ちょっと傲慢で、悪戯好きで、意地悪で、他人を嫌という程見下していて。



貼り付けられた完璧な笑顔と愛嬌。

彼女にとってなんの価値もない勲章のレッテル。

それとあの刺すような人を軽蔑しきった眼差し。


でも、ふとした時に垣間かいま見える奥底に眠るくすぐったくなるほどの優しさと、純粋すぎるほどの愛情。


そして、それらを塗りつぶす深い深い孤独と絶望の黒。



人が大嫌いなのに大好きで。

人を遠ざけたい癖に独りぼっちを恐がっていて。


色んなものが矛盾しているけど、でもそんな姿さえ儚く、強く、鮮烈に美しかったあの時の。


夏の夜みたいに冷たいのに、どこか柔らかい月の光みたいに優しげな人。



「…ふふっ。」

昔のさやちゃんもやっぱり綺麗だったなぁ。

ツンデレさんで素直じゃないところもすごく可愛くて……。口では遠ざけるくせに、綺麗な瞳で絶対に離れていかないでって必死に訴えかけて。


とにかく不器用で甘え方を何一つ知らない女の子だった。




…………でも、久しぶりに会ったさやちゃんはあの頃よりずっと素直で甘えん坊になってた。



さやちゃんが私にこんな風に甘えてくれたことなんて今まで1度もなかった。

私に弱みを見せてくれたことなんて1度もなかった。



きっと私がいない間に良い出会いがあったんだね。


私の知ってるさやちゃんは、ただひたすらに強く完璧であろうとして、頼ることも甘えることもとっても苦手な不器用な人だった。



…だから。

たぶん、さやちゃんにはもう。

私以外に信じられる人ができちゃったんだよね。



あの頃の居場所には、頼りになって不器用な貴女でも弱みを見せられるような、素直に甘えられるような、そんな素敵な誰かが収まったんだよね。



私のさやちゃんだったのに。


私の親友だったのに。


私のお月様だったのに。




……私だけの沙夜菜だったのに




「…そろそろ起こさなきゃ、、」


あなたの恋人になることを拒絶して、距離を置いて、そのくせ辛い時だけ都合よく縋りついて、あまつさえ借金の返済までして貰った私はもう貴女と対等になれはしない。



……でも。

……でも。

もし、もしも、ほんとうに。


なにかの気まぐれで……。



……。


「……さやちゃん。おきて…。」

私の首筋に顔を埋めて眠るさやちゃんの背中をとんとんと叩く。


「んん…?ひ、なみ……??」

「ごめんねさやちゃん。私寝ちゃってたみたいで…重くない??」

「…んぅ?……へーき…。」

「んふふ。、ほんと?」

「んー。」

寝惚けたようにぽーっとしてるさやちゃんがかわいくて、その綺麗な唇に自分の薄汚れたものを押し付ける。


心のどこかで警鐘が鳴った気がしたけど、溢れ出した幸福感にそんなものすぐにどうでもよくなった。


さやちゃんは綺麗だ。

芸術品みたいに一つ一つが完成されてる。

その美しさに口付けるだけで自分に塗りこまれた薄汚い汚れが綺麗になる気がした。



「んんっ…?ひなみ、どーしたの……?」

「んーん。なんもないよ」

唇を離すと夢で見たさやちゃんより大人になった綺麗な顔とあの日々と変わらない優しげな瞳。


「「んっ…」」

もう一度、色素の薄い唇に自分のモノを重ねる。少し唇を開けると熱い吐息と共に私をからめとる熱源がぬるりと入り込んでこれが『幸せ』なのだと私に伝える。


さやちゃんの唾液はすっごく甘くていやらしい。



なによりさやちゃんはキスまでじょーず。

この人にできないことなんて、きっとこの世になにもない。



だって彼女は【完璧】だから。

そうなる事が当たり前で、それを当たり前のように強いられて、それが当たり前に出来てしまった可哀想な人だから。



でも、かっこよくて、誰よりも美しくて、優しくて、優しくて優しくて、こんな汚い売女を買ってくれた愛しいご主人様。


私を幸せにしてくれる私の飼い主様。



「……汗かいちゃったね」

境界線がわからなくなるまで味わった唇を離して、私のご主人様がそう漏らした。


「…うん。そう、だね」

「お風呂入ろっか?風邪ひいちゃう」



「…うん!入ろ入ろ!」

いいよそんなの。本当は、本当はずっとずっとこのまま、私の腕の中にいて欲しいの。


「………ひなみ??どうしたの?もしかしてお風呂嫌だった???」


……ふふっ、さすがさやちゃん。



「んーん!お風呂早くいこ?」

さやちゃんの上から降りて彼女の手を握る。


「……そっか。なら、いこっか?」

彼女はそう優しく微笑んで当たり前のようにその綺麗な指先を私の指に絡ませた。

柔らかくてしなやかな指の感触がいやらしくて、どきどきする。


もう…。

いちいち色気たっぷりなんだから…。


そういえば、昔と比べてさやちゃんはこーゆうスキンシップがすっごく多くなったなぁ、なんて考えながら恋人繋ぎされた手をにぎにぎと握ってみる。

もともと性欲処理用として買われたんだし、スキンシップが増えるのはあたりまえなのかな……?



まぁ、理由がどうであってもこーゆうスキンシップが増えるのは嬉しい。触ってくれるってことは私の身体に興味があるってことだと思うし、手を繋いでくれるのも、頭を撫でてくれるのも、優しくて激しいキスもさやちゃんがくれるものはとにかくぜんぶ気持ちがいいから。



「日南?どーしたの??」

「…あっ。ごめんね、ぼーっとしちゃってた。」

いつの間にかついてたみたい。

白と黒を基調としたバスルームは大人っぽくてさやちゃんによく似合っている。


それにしてもさやちゃんのお部屋はほんとに豪華だ。ベッドもおっきかったし、キッチンもお洒落で使いやすかった。脱衣所も普通のお部屋と変わらないくらい広いし、飾ってある濃ゆい赤色のお花がお洒落で綺麗……。

さやちゃんの好きなワインレッド。私のインナーカラーとお揃いの色。

大人の魅力を詰め込んだような妖艶な赤はさやちゃんによく似合っている。

さやちゃん、気付いてくれたかな…?

さやちゃんの好きな色だったからこの色にしたんだよ。


これがあれば、鏡を見た時あなたの温度を少しだけ身近に感じれたから。


「……ねぇ、さやちゃん?」

「なぁに?」

少し甘えるような声で私に問いかけるその言葉がたまらなく嬉しくて次の言葉を繋ぐのが遅くなった。



「沙夜菜〜〜〜。いきてる〜〜〜!?誰かお客さん来てるの〜〜!?」


そんな時だった。



私の幸せな世界にが紛れ込んだのは。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛しい貴女に首輪を。 ルル @furumoto_wateru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ