春の気配

ジャイアントスノーラビットの集団討伐作戦は概ね好評に終わった。

参加したDランクとEランクの冒険者は臨時収入が得られた。

また、彼らよりも下のランクの冒険者も依頼の取り合いが緩和したため、生活に少しの余裕が出た。

僕が右手を斬り落とした冒険者はそのまま引退することになったらしい。低レベルで利き手を失ったまま続けられるほど冒険者は甘くない。



それから月日は流れ、徐々に暖かくなってきた。春の気配がしてきた。

そして、以前より準備を進めていた孤児院の屋台を始める日がきた。


孤児院からは4人の女の子が選ばれた。

年齢が高く、孤児院を出る日も遠くない女の子たちだ。

彼女たちはこの冬に順番に満腹亭で接客の練習を行ってきた。

みんな熱意がすごい。

彼女たちは孤児院を出ると自力で生活をしなければならない。しかし、身寄りもない、仕事の知識も経験もない、そんな女の子が生きていくのは非常に厳しい。

戦闘職なら冒険者になるという選択肢がある。しかし非戦闘職だとそれも出来ない。

結局、身売りのようなことになることがほとんどだ。


今回の屋台の結果次第で人生が大きく変わる。彼女たちはそれを理解していた。だからこそ、必死だった。

満腹亭で接客の練習をしている時も、早く仕事を覚えようと努力していた。


そして、開店の前日。

タチアナ様が満腹亭にやってきた。


タチアナ

「いよいよ明日オープンですね。」


「そうですね。

準備はバッチリだと思いますよ。」


タチアナ

「お客様はいらっしゃるでしょうか?」


「こればっかりは、やってみないとわからないですね。僕も初めて屋台を出した時は失敗でしたし。」


タチアナ

「まぁ!

アキラ様のお店でも失敗されたのですか。」


「全然ダメでした。

そこからダメだったところを見直して、今のお店があります。なかなか1回でうまくはいきませんよ。」


タチアナ

「そうですね。慌てて成果を求めてはいけませんね。」


「もう明日の仕込みは終わったようです。

初日はうちのアイラがサポートにつきます。

これから落ち着くまではうちの従業員が1名サポートにつきます。直接手伝いはしませんが、相談に乗ったり、トラブルの時の対応にあたります。」


タチアナ

「でも女性だけでしょ。

野蛮な方に手を出されたら危険ではありませんか?」


「大丈夫です。

うちの従業員はBランクの冒険者並に強いです。そこら辺のごろつきでは相手になりませんよ。」


タチアナ

「それは頼もしいですね。

あっ、本題を忘れていました。

今日はこちらをお見せしようと思って伺ったのです。」


ザバスさんが大きな板を出してきた。

そこには、

『満腹亭監修 ふらい屋』

と書かれていた。


「看板ですか!

良い感じですね。」


タチアナ

「私からの彼女たちへのプレゼントです。

さすがに当家の紋章を入れることは出来ませんが、それでも少しは彼女たちを守ってくれる効果はあるでしょう。」


満腹亭で悪さをする客はほとんどいない。

最初の頃は多少いたけど、パエルモ伯爵の紋章を掲げた頃から激減した。

更に先日のジャイアントスノーラビットの一件で、満腹亭に手を出してはいけない、という認識が広まった。なのでうちに来るお客様はみんな、お行儀が良い。

そんな満腹亭が監修しているということを明記することで手を出してこないように牽制しているのだ。

それに満腹亭はランチとしては少し高め。その満腹亭の味を手軽に屋台で楽しめるなら、という集客効果も期待しているそうだ。


「彼女たちも喜んでくれると思います。

後で届けておきますね。」


タチアナ

「ありがとうございます。

それでは、今日は失礼致します。」


ちなみにふらい屋って名前は、僕が揚げ物ばかりだからふらい屋と呼んでいたら、いつの間にか正式名に採用されていました。

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