青緑と墓。

A7

殺花。

欠けた石畳を歩く。

この先に行くと、道はうねって、先にはこの住宅街のシンボルの噴水。

その周りに3台細長の木のベンチがあって。


そこで座ろう。大丈夫。

そこで落ち着いて、ただ水が流れるのを見ていればいい。


だめだ。こんな住宅街のど真ん中の噴水になんていられるか。

この石畳の上には僕。

その上には橋があって、今も人が渡る。

ほんの短い橋、歩道1本渡るだけの。

左右には地下から生えたような家が並んで。

その3階から上が、街の2階につながる。

この街に住む人のマンションみたいな感じで、

1階から2階に住む人、3階、4階に住む人がいる。

基本1階は地下に埋まっていて、2階から地上と同じ高さになる。


街は2階構造で、1階から2階への階段は街中にあるし、歩道を渡る瓦礫を集めたみたいな石橋もよく見る。


僕はちょうどその下で、歩きながら思う。

大丈夫。大丈夫だよな。

俺は、何もしていないから。


ある日僕は起きて、立ち上がる。

カレンダーを確認したくて、でもその時に右後ろ上に、青緑の、半透明のなにかがいた。

最初は驚いたし、何かの力が宿ったとも思った。

隣のおばさんだって見えていなかったから。

じきに何かもたらしてくれるとでも思った。

でも、そいつが後ろにいると。

ふと思い出す。よく後ろを着いて来たあれを。


そいつのせいで。そいつのせいで、

もう居ないあの花を思い出した。

もう立派に土に埋まっているのに。


いくら寝ても、どこに行っても、そいつは後ろからどかなかった。

俺だって怒鳴った。鬱陶しかった。

見えていないなら殺していいと思った。


なんせ。あいつを思い出すから。

黒いあの靴も、星のヘアピンも、朱のリボンも。

もういないんだって。

俺はただひたすらに殺したかった。


考えた。そうだ、前に相談したことがあった。

野菜屋の友人に。

「命ってどうしたら消せると思う?」

するとこう

「火と同じだと思うよ。あれは燃料と酸素があれば生きられる。燃料は寿命、酸素は環境。どちらかが欠けたら、火はなるべく早く消えるだろ?」


俺は思いついたよ。

「おう。確かにな」

あの時あいつが、俺を畏怖するような顔で見ていたのも、今ならわかる。

嬉しかったんだ。

殺せる、やっと、あの青緑を、彼女の存在を、殺せる。


回想なんかしていたらのろのろ噴水まで来てしまった、ここは、円形に家が広がるけど、左側の家と家の間、ほんの子供一人通れる位の道がある。


俺は吸い込まれるようにそこに入った。

このまま森の方まで歩いた。

歩いていたと思ったのに、息は上がっていた。


木を縫い付けるように、小川の上を跨いで。

伐採のお陰で拓けた場所に来た。誰もいない。

台車に大量の丸太が積まれていて、

地面に張り付くような切り株に斧が刺さってる。


後ろにはまだそいつがいる。


俺は、死ねばいいと思った。

こいつの環境、つまり俺のことだろ。

寿命なんかは知らないけど。

俺が死ねばこいつは直ぐに死ぬ。そう思った。


「ねぇ。そんなに汗かいてどうしたの?」


その声で俺は死んだ気分になった。

土に埋まってたはずの、空っぽの花が、

目の前の木の間から、顔を出して、

俺に話しかけた。


息はあがっていた

目の前の斧を持って。


殺した。








その茎を斧で切った。花粉が散った。


花粉のかかった顔を服で拭った。

後ろの青緑は。いなかった。



死ぬつもりだった。

青緑が消えればいいと思った。

喜べなかった。何かに、咎められてる。

だってあいつは墓に入ったじゃないか、

青緑だってみんなに見えてないじゃないか、

あいつだって、みんなに見えてないじゃないか。


もういないじゃないか。

おれが、殺しても、何も変わらないじゃないか、


なのになんだ、殺したら咎めるのか。

俺が、俺を、咎め続けた。

落胆した。鳥が鳴いて、風で葉が揺れる。

全てが俺に刃を向けているようで。

俺は、何も見れなくなった。

何も、聞けなくなった。

何も、感じたく無くなった。


あぁ。そのまま夜になって。

ぐちゃぐちゃの花は無くなってた。

知らないけど、俺は帰ることにしたよ。

街に近づくと、よくゴミが捨てられてる。

傘があったからそれを持った。あと薬。

頭が痛かったんだ。

薬を小川まで持って行って、

手で水を汲む。

それと薬を飲んで。


家に帰った。

すぐ寝たよ。



でも直ぐに起きたよ。

何日か経ってしまってないか、って。カレンダーを見たんだ。

そしたらね。青緑の変なのが、こっち向いてる。

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