第11話

湯川の部屋に行った頃には、外の景色はもう暗かった。夏の日は長いが、時計を見たら8時だったので納得した。いつもより時間の流れが早いのは環境が違うからだろう。

「ここだ」

階段を上がって右側2つ目の部屋の前に203と書かれたアクリルのプレートが貼ってある。


部屋を開けると僕の部屋同様に湯川の部屋が再現されているのかとも思ったが、そんなことは無いようだ。「エアコンってこれだよな?」型番は違うが、小型のものがついていた。特におかしな様子はない。

「そうだ。つけてみるぞ」湯川がビッとリモコンを押したが、特に何も起こらなかった。え?何が変なの?


「なんか部屋汚いな」床に細かい爪楊枝みたいなものが散らばっていた。

「あぁ、オタクの性だな!」自信満々で言ってないで掃除しろよ。仕方なく僕が拾ってゴミ箱に捨てた。


エアコンが途中でダウンしたりするのかとも思ったが、これでもかというほどに正常。数分経って湯川に訊ねる。

「なぁ。もったいぶらずに何が変なのか教えてくれよ?」

「暑くないか?」

「暑いけど……」そう言ってから気づく、暑すぎる。湯川が言いたいことがなんとなくわかって、まさかと思って部屋の外に出た。涼しい。部屋の中よりも涼しい。

「つまり、こういうことだ。俺の部屋は暖房しか効かない!」

あり得ないほど不便だった。

話を聞くと、来たときからそうだったらしい。

最初はボタンを押し間違えたのかと思っていたが、ドアを開けたときに流石に変だと気づいたらしい。だからといってエアコン無しだと暑すぎるので部屋のドアは全開にして過ごしていたという。


「だからお前の部屋に一緒に住ませて……」と湯川が言い出す途中で僕は言葉を遮って「姉貴に言いに行こう!僕も手伝うからさ!」と言った。僕だって一人の時間が欲しかった。


一階の中央階段の左には僕らの部屋よりも少し大きめの部屋があって、そこに姉貴はいる。


3回ノックして数秒待つと、凄まじい勢いでハグされた。

ボフッと姉貴の豊満な胸に埋まり、僕は危うく窒息死しかけた。いい匂いがしたのは僕だけの秘密だ。

すると湯川が「僕もそれやっていいですか?」と真顔で言うので必死で止めた。ラッキースケベを要求したらただのセクハラなんだよ!


姉貴の部屋のソファに腰掛けて、おしゃれなティーセットで紅茶を注ぐ。

室内は西洋風にアレンジされていて、タコみたいにぐにゃりと畝るランプや花がらの模様が控えめに入ったティーカップは部屋の雰囲気と見事に調和していた。

室内に紅茶の香りが漂って、気分が落ち着いた。

「ふむ。良いお茶ですね」と優雅にメガネを曇らせた湯川が口を開く。

「ふふ、紅茶よ」

「これは、ダージリンのいい香りですね」上品に匂いを嗅ぐような身振りまでつけてそう言う。

「アールグレイよ?」

「おっと、これは失敬、部屋ではダージリンばかり飲んでいたもので」

「そうなの。でもみんなの部屋にあったのもアールグレイよ?」って全滅じゃねぇか!


隣りにいた恥の塊は泣いていてもおかしくないのだが、笑顔でハハハと笑っている。メンタル最強かよとよく見たらあまりのショックで二頭身のマスコット(顔面は湯川のままのちい◯わ)になっていた。めちゃきもい。

「本当に面白いわね湯川くん」姉貴は珍しい虫でも見つけたような笑みを浮かべる。

僕は話題を断ち切って本題に入る「湯川の部屋のエアコンが暖房しか効かないらしいんだけど」

「あら、そうなの?」姉貴がごめんなさいねーと軽い調子で謝罪する。

「でも今すぐ修理ってわけにはいかないのよね。なんたってここドがつくほどの田舎だから」

実はそうなのだ。さっき暇すぎてマップで調べてみたら近くのコンビニまで45分と書いてあった。地方の過疎化恐るべし!


「姉貴はなんでこんなところを選んだの?」素朴な疑問をぶつけてみる。

「そうねー、ちょっとした思い出があったから?かな」カップの縁を指でなぞるように仕草でそう言った。姉貴の思い出。こんな場所に来ていたことはあっただろうか。

「民くんは知らないかもね。でも思い出って良いものよ。ふたりともせっかくだから楽しんでね」隣でしぼんでる湯川に向き直ってそう言う。どうでもいいけど今ので回復したらしい。


「あとすいません。俺の部屋流石に暑いので、民くんの部屋に居させてもらってもいいですか?」と湯川。お前も僕を民くんと呼ぶのか?そりゃあ最初に呼ばれた畳とかよりはマシだけど……。


「そうね。じゃあ、民くんと同じ部屋にしましょうか!」手をポンっとたたいて、めいあん☆みたいな顔で言いやがる姉貴。

二頭身のマスコット(ちい◯わ)みたいな顔面で喜ぶ湯川。

そして、何故か笑顔で地を這う。うん、なんかキモいからやめてくれる?


ちなみに僕はもちろん否定したのだが、「じゃあ他に案あるの?」と聞かれて詰んだ。

まあ、寝るときは自分の部屋に戻るという約束を取り付けられたので無意味ではなかったけど。


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僕のお姉ちゃんがキ◯ガイすぎる‼ 庭くじら @aobahagoromo

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