第8話 泡沫の恋の結末

 エリックは本当にレナンと婚約を交わした。


「命を助けたなどと嘘を言う令嬢とは一緒になれない」

 はっきりとマリアテーゼに伝え、レナンを婚約者に据えると宣言した。


「彼女は俺を助けてくれた。それに類稀なる魔力を一族で持っている」

 過去に隣国を追い出された一族だ。


 魔力が高く、それ故にひがみを受け、アドガルムの国境にてひっそりと暮らしていた。


 だからリリュシーヌは、過去の経験からレナンに魔法を使ってはいけないと話していた、魔法を使ってろくな目にあった事がないという経験故に。


「わたくしはただの平民ですよ?」

 王太子の婚約者にはふさわしくない。


「その口調と所作でただの平民なわけはあるまい。それに人を小鳥にする魔法まで使える血縁者がいるのだ。魔力持ちはこの国では評価が高い。君自身は何とも思ってなくとも、十分に価値のある令嬢だよ」

 外野を納得させる条件を十分に持っている。


「王太子からの告白を断るという謙虚さもいい。図々しい女性は嫌いなのでな」


「だって、わたくしには無理ですもの」


「リリュシーヌ様に聞いている、君には教育をしっかりと施していると。将来役立つからという事でな」

 勿論王太子妃になるためのものではないが、もと貴族であるリリュシーヌから行儀作法についてレナンは教わっていた。


 生きるためには多くの知識が必要だからと、色々な事を知らずと叩き込まれている。


「でも」

 まだ言い訳をしようとするレナンの唇を塞ぐ。


「君を他の男に渡したくはない。一生逃さないよ」

 背中に回された手には力が籠められている。


「どうか、お慈悲を」

 涙目になったレナンと対照的にエリックは笑顔だ。


「断る。ひと目惚れだ、諦めてくれ」

 愛してると呟かれ、レナンは熱に浮かされた。


 泡沫の夢だった思いがこうして叶うなどとは思っていなかった。


 でもこうして感じる温かさは夢でも幻でもなく、現実であることを示している。


「レナンを一生幸せにする。約束するよ」

 あんなにも冷たく怖く感じた声も目も今は熱く、甘いものになっている。


「……わたくしも、愛しています」

 とうとう絆され、エリックの背に手を回し、小さい声でそう呟く。


 淡い憧れは海での出会いから膨れ上がり、小鳥になって想いを告げたら籠の鳥となった。


 そして今度は愛情という想いに捕らえられて、二度と逃げられなさそうだ。

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海であなたを助けたのはわたくしです。なので鳥籠に入れるのはお止めください しろねこ。 @sironeko0704

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