第17話

 花梨屋に戻ると女将がタオルを持って玄関先で待っていた。この突然の雷雨に、出掛けていた二人の心配をしてくれていたようだ。さらに、代わりの服を用意してくれているとの話だったので、断る理由もない二人はその厚意を有難く受け取り、休憩スペースのある客間で少しだけ休むことにした。


「……楽しかったか? 鳴」

「まだその話引き摺ってるんですか? もー、僕がいいって言ってるんだから、子供みたいなこと言わないの」

「いや別に言ってねェよ?」

「それはともかくとして、まあ色々ありましたけど……久し振りに遠出もできましたし、楽しかったです!」


 そう言う鳴の顔は、心から楽しそうだった。晴はそうかと短く相槌を打つと安堵した表情を見せた。


「そういう晴はどうでした?」

「俺も、楽しかったよ」

「そっか、んふふ」


 他愛のない会話が、どれだけ愛おしい時間であるかを再認識した晴は、一層大事にこの時間を噛み締めた。


 会話がひと区切りついたところで花梨屋の女将が着替えを持ってきた。花梨屋の家紋が入った、群青色の浴衣だった。


「なんで浴衣?」

「この雨で祭りは中止でしょう? 花梨屋ではそういった場合に備えて、この時期は手持ち花火の無料配布とあわせて裏庭でイベントを行っているんです」


 ほら、と女将が裏庭を指し示すと、そこには沢山の利用客が手持ち花火を片手に和気藹々あいあいと『夏』を楽しんでいた。


「お二人も、よろしければいかがですか?」


 女将の手元には手持ち花火のセットが二つあった。晴と鳴は顔を見合わせると二人して笑顔を見せ、そのセットを女将から受け取った。


 ◆◇◆◇◆


 ——きっと、最後の線香花火を灯した時に、彼らのこのひと夏の旅は終わる。


 いつまでも続くようにと心で小さく願うだけなら、許されるだろうか、と。

 二人はぱちぱちと静かに灯る火を、ずぅっと、見つめていた。

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