第16話

「……じゃあ、帰るか」

「はい。……?」


 鳴がゆっくりと立ち上がると、傍にいた晴が自分の着ていたベストを彼に羽織らせた。不思議そうな目で鳴は晴を見つめた。


「……それ、結構目立つから。これで隠しておけ」


 晴はそれだけ言うと、行くぞと鳴の手を引いた。濡れて透けてしまった薄手のシャツの下に浮かぶ、卑しいほどに赤く綺麗な彼岸花のことを彼は指しているのだと鳴はこの時理解した。自分はそこまで気にしてはいなかったが、晴が嫌な気分になるというのなら、ここは大人しく従っておこう。


 ◆◇◆◇◆


『——彼岸屋殿!』


 不意に上空で再会を噛み締めていた双頭竜の疾と露が、地上の鳴たちに向かって声を掛けた。


『この度は大変世話になったな! ありがとう!』

「いえ! 無事に再会できたようで何よりでございます、疾様、お露様!」

『鳴どのも、お元気になられたようで安心いたしました』

「おい疾、もう此岸こちらでの用は済んだんだろう? これからどうする? 必要なら、送っていくが?」

『大丈夫だ! これより我らは祈雨の旅に出る。梅雨前線を全国に届けに行くのだ』

『ですがまずは、高龗神に今までの不在を詫びにゆかねばなりませんね、疾どの』

『うっ……! ……頭の痛い話だが、仕方あるまい。これまで祈雨の旅が出来なかった分、しっかりと働いて信用を取り戻さねばな、お露』


 彼らはもう大丈夫だろう。

 どちらか欠けたとしても意味が無いのだ。


 喧嘩をして、仲直りをして、そうしてこれからも彼らは共に生きていくのだ。鳴は彼らの様子を見てそう確信した。


『……ではな、彼岸屋殿』

『お元気で』

「……お時間できましたら、いつでも彼岸屋に遊びに来てくださいね。お待ちしておりますね、祈雨神様」


 双頭竜は名残惜しそうな瞳で鳴たちを一瞬だけ映すと、少しだけ吹いた穏やかな風に煽られて、悠々と空を舞った。鳴の声は届いただろうか。空をゆく双頭竜は嬉々として此岸の地を飛び去って行った。


「……あ、虹だ」


 双頭竜が裂いていった曇天の雲間から、一線の光が覗く。

 雨は、すっかり止んだようだ。

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