可愛いね
気づくと、夜が埋めた暗い道路に1人立っていた。
1人ではない..正確には、3人。
私の後ろに、警察を名乗るスーツの男女が連れて私の後ろに立っている。
「歩いてください」
右後ろの男が私の膝を蹴った。
左側の女は忙しなく誰かに無線を繋いでいるようだ。
歩くと言っても、どこに行けば良いのか?
記憶喪失のように10秒前の記憶がすっかり無くなっている。
とりあえず、と目の前に広がる下り坂を下ってみることにした。
普段と変わらないパーカーにジーンズ、スニーカー。
自分の短い襟足を緩い風が撫でていく。
どこかはわからないが、普段と変わらない散歩のようだった。
最も私は夜に外に出る自体は、滅多に無いことなのだが。
寒くも暑くも無い空気が空間を支配している。私の動かす足に合わせて、警察の2人も歩を進める。
暗闇に慣れてきた目が段々と景色を映せるようになってきた。
足元に青い雑草、土手、それと遠くに商店街と書かれた大きな看板。
「これ、夢じゃないですか?」
だってあの看板、近所にあるよ。
看板を指して、後ろに立つ警察を見る。
下り坂の分身長差の広がった2人が、変わらない仏頂面で私の顔を見てきた。
「歩いてください」
男がまた私を押す。
変わらなすぎるその姿に、自らの脳が作っているとわかっていても足から恐怖が染み出してきた。
夢だ、多分、恐らく。
夜が肺を埋めて、私の体を溺れさせる。
喉をひとつ鳴らす。また前に一歩歩く。
「あは」
女性の笑い声が、聞こえた。
素早く首を回し後ろを振り返る。自分の左後ろを陣取る女の表情は変わっていない。
「今の誰ですかね...」
つい震えてしまった声で、誰からも返事のこないつぶやきを落とす。
正面にある商店街の看板は、人っこ一人いない商店街と道を分ける門番のように鎮座していた。
自分以外がいるのに、自分しかいない。
いつ自分は目を覚ませられるのか。
「歩いてください」
男がこちらに視線を向けるでもなく、また命令してくる。
正直進みたくない、だが歩くしかない。
また、一歩進んだ。
商店街の看板の下に、赤が見える。
急に眼前に現れた新たな要素に、思わず目を凝らした。赤いワンピースを着た、ボサボサ頭の女性に見える。本質が何かはわからないが。
もう一歩進むために、自分の足をチラリと見る。
いつもの青いスニーカー、ともう一つ裸足が見えた。
再度前を見る。先ほど看板の下にいた姿と変わらない女が、目の前にいた。
「は、」
意味わかんねぇ、と言おうとした瞬間、どこからそんな力が出るのか女の腕が肩を掴みかかってきた。
その勢いのまま、私の体が硬いコンクリートに打ち付けられる。肺から空気が抜ける。
髪に隠されていた、女の瞳が見えた。
大きく見開かれた、血走った瞳。
「ね、ね、眠くないよね」
女が私の膝を踏みつけ、逃げないように両手で肩を押さえつける。
どうすれば良いのかと警察の二人を仰げば、顔は私を見ているのに、視線は虚空を向いていた。
女が肩から手を離して、ワンピースから何かを出している。
「眠くないもんね、そうだよね」
鈍い光が女の手に握られていた。
本当に小さい、ネックレス程度の大きさの手のひらサイズのナイフ。
「じゃあ眠くないからね」
私のジーンズを切りつけてきた。
布に包まれていた自分の肢体が、空気に直に触れた。
女は素早く私の足首を掴んだ。
「眠くない、眠くないからね」
私のふくらはぎを呟きながら、縫い代のようにまっすぐに、少しずつ刺してくる。
鋭い痛み、溢れ出る血、止められない悲鳴。
だが女の馬鹿力を前に後退りどころか身じろぎもできず、私のふくらはぎが段々と穴が開いていく。
「眠くない、眠くないよ」
痛いと泣く幼子を慰める母のような慈愛のこもった声で、女は私の足を刺している。
「眠くないよ」
また一つ穴が開く。
「眠くない」
穴が開く。
夢喫茶でお茶を一杯 ににまる @maruiyo
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