くにめぐり

7-1

 無事、列車は出て行った。

 改札に戻ってきて、深い息をつく。こんなに緊張したのは、転職以来初めてかもしれない。

 ホームにはまだ、多くのマスコミや鉄道ファンの皆さんがいる。走り去っていく「くにめぐり」は、見えなくなってもまだ見送られていた。

 くにめぐりは、昔からある寝台列車を改造してできた観光用の豪華な特別車両である。九州を5日間かけて回り、各地で観光を楽しめる。

 そしてそのくにめぐりが初めて、天草に来たのだ。11時過ぎに到着し、昼は皆が食事や観光を楽しみ、夕方に出発した。

 ここにこぎつけるまでには、様々な苦労があった。まず、安全の確保である。いちおう普段から週末には観光列車「海に刻む風」が走っていたのだが、くにめぐりはそれよりも重い。橋の多い天鉄には、点検すべき箇所が多かった。また、ダイヤについても考えなければならなかった。本渡駅にくにめぐりが停車している間には、ホームが常に一つふさがれることになる。ここに追突でもしたら一大事だ。

「お疲れさま」

 声のした方を向くと、安斎さんがいた。明るい黄色のワンピースを着ており、いつもより若く見える。

「ああ、ありがとう。本当に疲れたよ」

「こんなに大変なのに、町田君はくにめぐり乗れないんだもんね」

 あれに乗るのはお金がいるからなあ、と思ったが安斎さんがそんな意味で言うわけしなかった。僕は5日間も休みが取れない、ということだろう。もしかしたら、「駅員だから運転できない」という意味もあるのかもしれない。

「僕は普通の列車の方が好きかなあ」

「そうなんだ。男の子はああいうの憧れているのかと思った」

 確かに乗ってみたい気持ちもある。ただ、なんかやっぱり、別世界のものという感じだ。

「安斎さんは乗ってみたい?」

「みたい! あんまり九州旅行とかもしてないし」

 結婚していた相手とは旅行に行かなかったのか? という疑問はもちろん口に出さなかった。ただ、僕は昔付き合った時、とにかく彼女とどこかに旅行したくなったものである。

「安斎さんは特にどこに行ってみたいとかあるの?」

「長崎とか大分。行ったこともないから」

「へえ」

 くにめぐりは明日大分に行き、4日目には長崎に行く。あれに乗れれば、安斎さんの願いはかなう。

「100万ぐらいするんだよね」

「らしいね。でも予約は全部一杯だって」

「せめて素泊まり20万とかないかなあ」

 そう言いながら安斎さんは、線路をずっと見つめていた。

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