3-2

 俺は今、幽霊と話しているのか。

 とても信じられない、ということはない。昔からたまにそういうことがあったのだ。みんなが感じないことを、感じる。はっきりと見えたことはないけれど、ぼんやりと幽霊っぽいものは目撃してきた。

 霊感あるっぽい。

 霊感あると……美女が見える!

「どうしたの?」

「いや、個人的な感動を。それよりその、なんで毎週電車に?」

「あなたは知らないのね……週四よ」

「週四!」

「月曜日は……生きてるときは、ほかの用事があったから」

「でも、結構乗ってたんですね」

「本渡の方にお手伝いに行っていたの。月曜日は習い事」

「なるほど。それで、ずっと何かの未練が?」

「よくぞ聞いてくれました」

 なぜか彼女は胸を張った。

「はあ」

「今から三十年前。松島駅でいつも三角行きとすれ違うのですが、そこであの人と出会ったの。最初は目についただけだったんだげど……相手も私のことを見ているんじゃないかって。いつの間にか、列車が止まっている間ずっと見つめ合うように」

「声はかけなかったんですか?」

「だって、列車を下りてしまったら次のは1時間半後よ。ゆっくりおしゃべりする機会なんてなかった」

「まあ、そうか」

「それに……話しかける勇気が出る前に私は死んでしまったから」

「それは悲しい」

「でも、一度だけ、彼の口がこう動いたんです。『チカゲ』と」

「えっ」

 俺はすごく驚いた。男が無神経に女性の名前を言ったとか、彼女の名前を当てたとか、多分そんなことではない。

「名乗ったのですか、『千景』と」

「うん」

「……親父?」

 千景はたぶん名字だ。俺の名前が千景隼人なのである。

「面影が」

「まじで?」

「息子さんなのね。……ようやく会えた」

 幽霊は感極まって涙ぐんでいる。ただ、俺は少し目をそらした。

「そ、そうなんですね。いやあ、偶然だなあ」

「お父様はお元気?」

 俺は頭をかいた。彼女は俺の顔を覗き込む。

「知らないんです。どこで何をしているか」

「えっ」

「多分当時は三角に働きに行ってたのかなあ。そのあと俺が生まれて……どこに行ったか分からないんです」

「それはつまり……死んだ知らせがあったわけではないと?」

「まあ、それはそうで」

「良かった。いつか……列車に乗ってくるかもしれない」

 そんなことは、考えたこともなかった。この人がどうしても会いたい人は、俺が会いたい人ではない。

「あなたは……その、天鉄にしかいられないんですか?」

「そうみたい。駅からは出られないの。だから、待つしかない。でもね、あなたに会えたみたいに、希望はあると思う」

「でも失礼ながら、その、おっさんですよ、会えたとしても」

 幽霊は、目を細めて俺を見た。

「それでも会いたいのよ」

 にっこりと笑うと、姿が薄くなって、消えていった。

 恋をしたら、しっかりと思いを伝えなきゃいけないんだな。そんなことを思った。そして、親父は今何をしているのか。「親父」と呼んだことすらないのだ。

 駅を出た。波の音が聞こえる。ずっと聞いてきた音が、いつもよりも大きいように感じた。


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