天女
3-1
帰りの列車は、いつも同じではない。
曜日によって授業が終わる時間が異なる。あと、木曜日は部活があった。そして今日はその木曜日。いつもより遅い列車で帰る。
六時台の列車は、他よりは少し乗客が多い。三角の高校から帰る高校生。勤め先から戻る会社員。俺のような専門学校生は少なかった。
同級生のほとんどは、三角線の方で帰る。宇土や熊本から来ているのだ。俺のように天草から列車で通っているのは、それほど多くない。、バイクや車での通学も結構いる。入学祝にばあちゃんに車を買ってもらったやつもいる。羨ましいが、俺は入学の条件が「実家から列車通い」だった。そんなことを言われても、本渡の看護専門学校か、今通っているところぐらいしか選択肢はなかった。熊本市内はさすがに遠い。
絶景と言われることもあるが、俺としては見飽きた景色だ。高校も列車通学だった。
俺には、海の景色よりも気になっているものがあった。先頭車両の一番前、右側の扉の前に立っている女性だ。ただ美人なだけではない。赤色の鮮やかな和服を着ているのである。
この時間、毎週見かける。決まって同じ位置に立っていて、座席に座っていることはない。何かを探すかのように外を見続けている。
不思議なのは、ほかの乗客たちが全然気にかけていないことだった。確かにじろじろ見るのは失礼だが、和服美女がいるのに無視というのはどういうわけだろうか。
列車は、松島町駅に到着した。天鉄では三角、本渡に次いで大きな駅である。多くの人々がここで下車し、和服美女もいつもはここで下りる……のだが。今日は、乗ったままだった。
俺が下りるのは、次の天鉄大浦駅である。主要駅以外では、一両目の一番前の扉だけが開く。無人駅なので、運転手に切符を見せて下りるのである。
右側一番前の扉が開く。彼女の横を通り抜けて、列車を下りる。距離が近くなる一瞬、とても気になった。クラスにはいないし、地元で見かけたこともないような、端正な顔。薄い唇が、緩んだように見えた。
足音が続く。思わず振り返ると、ホームに彼女がいた。
「あなた、見てくれたのね」
「俺?」
「そう。初めてだったから、うれしかった」
意味は分からないが、ドキドキした。もしかして俺に一目ぼれしたとか?
「いやあ、お姉さん、話したこともないのにそんな……てれるなあ」
「私、好きな人がいるの。ううん、もういないけど」
「え」
「ずっとね……一緒に天草線に乗ってた。でもある日から来なくなって……私は死んじゃった」
彼女の後ろに、木々の揺れが見えた気がした。白く透き通る肌。ほんとうに、透き通ったんじゃないか。
「ゆう……れい?」
「そうなんだよね。私、幽霊。うらめしやー、ってね」
そう言って彼女は、幽霊みたいに手首を曲げた。
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