橋の上の駅

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 池島展望駅は、橋の上にある。

 天草3号橋の途中に設けられた駅舎は、屋根も壁もない。ホームには柵があるだけで、四方が見渡せるようになっている。その名の通り「展望」のための駅なのである。前島展望駅もコンセプトは同じなのだが、こちらは近くに観光施設やホテルもあるので普通の乗降客もそこそこいる。

 先には大池島と池島があるが、無人島である。そのため池島展望駅の利用客は、ほとんどが展望のために下りる。

 多くの人々は景色を楽しんだ後乗ってきた列車に戻るのだが、中にはそうでない者もいる。バカでかいレンズのついたカメラを抱えた男は、まずは乗ってきた列車を撮影した。

 民田浩太。その世界では名の知れたブロガーであった。

 もともとは離島を旅して記事を書いていたのだが、天鉄で天草を訪れた際にその景色に魅了され、移住してきたのである。以来、九州を中心に鉄道と景色を合わせた写真を撮っている。「線路と自然」が彼のテーマなのであった。

 朝の急行は池島展望駅に止まらないため、ここに最初に止まる列車は9時40分発の天草本渡行き普通である。民田は車も持っていたし、自転車で来られない距離でもなかったが、ここに来るときは列車に乗ってきた。大矢野駅から二駅。彼はその間の車窓も写真に収めていた。

 列車を見送ると、彼はまず線路を撮った。そして、もう一回ベンチに腰かけた。

 慌てなくても、しばらく帰りの列車はやってこない。

 立ち上がり、景色を撮る。今日は、少し雲が目立つ天気だった。小さな島々。穏やかな並み。小船。水鳥。来るたびに、違う景色が待ち構えている。

 1時間ほどしたころ、黒く輝く列車が近づいてきた。平日ならば物産販売列車が来るところだが、今日は日曜である。やってきたのは、観光列車「海に刻む風」だった。熊本と天草本渡を約二時間で結んでいる。現在この路線唯一の3両編成で、2両目には食堂もある。池島展望駅には止まらないが、景色を見せるために徐行している。

 実を言うと、民田はこの列車があまり好きではなかった。有名デザイナーの筑波野海奏つくばのかいそうが手掛けたもので、確かにスタイリッシュである。しかし三角から天草の海の景色とは、調和していない気がするのである。

 とはいえ、ファンがいるのも確かである。ブログに載るのを待っている人のため、民田は「海に刻む風」にレンズを向けた。

 何百枚と写真を撮ったが、ブログに使うのは数枚である。この駅での写真はすでに何枚も載せているので、新鮮さというものもない。それでも民田は、池島展望駅にいるのが、そこで写真を撮るのが好きだった。

 かつては、写真を仕事にしようとしたこともあった。しかしあるトラブルがもとで、彼はそれをやめていた。好きなものを、好きなだけ続けるには、責任を持たないのがいい。

 しばらく、彼はカメラを置いて景色を眺めていた。


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