非日常の連鎖

 新しい朝。僕はいつものように支度をして、家を出る。

 学校に着いて、今日も非日常であることを悟った。


「ちょっといい?」

 鞄を置こうとした矢先、僕の方を向いて発したような言葉が聞こえたので、僕は鞄を持ったままその方向へ向き直る。

「……今、僕に言った?」

「他に誰が?」

 僕に向けられていないというかすかな希望を抱いた矢先、それは空しく打ち砕かれ、諦めつつ応じた。

「……どうしたの?」

「蒼依が呼んでるから、来て」

 なんだ、川添か、という他人と話す必要がないことへ対する少しの安心と、僕に話しかけてきたクラスメイトが怒っているオーラを出していたことへの疑問を持ったまま、言われた場所へ向かう。

 それに加え、放課後以外では僕に話しかけると目立つからやめてほしいと彼女に言ったはずなのに、なぜ朝っぱらから呼び出すのか。それほど重大な案件なのかと、さっきの疑問も重なり僕は多少緊張していた。



「夏目浩介君、あなた、よくもやってくれましたね?」

 指定場所に着いて川添に会うと、第一声にそう言われた。張り付けられた満面の笑顔を添えて。しかも、敬語まで使っちゃって。

 何をやったのか、僕はこれでも真剣に考える。昨日川添を除いて誰とも話していないこと?それとも、今日の数学の授業内で提出する課題を忘れたこと?もしくは……

「昨日放課後、何があったか覚えてますよね?」

 詰問口調で問いかける声は昔のあの出来事を思い出させた。

 かくれんぼをしていたあの日―

「聞いてますか、こ、う、す、け、君?」

 おっと、今はそんなことを考えてる場合ではなかった。

 えーっと……今、何を話していたんだっけ?「ごめん、今」

「ラブレターのことに決まってるだろうがぁー‼」

 言いかけた言葉は宙に霧散した。



コホンッ、とわざとらしい咳を挟んで話は続く。

「ごめん、取り乱した。この口調も疲れたから単刀直入に言うけど、浩介、ラブレターが指

定してた場所に来なかったよね」

「ちなみにその指定場所って?」

 僕ラブレターなんて受け取ってません、ラブレターって何ですか?というような純情な心をもって尋ねる。

「……もしかして、あれの中身すら見てないの?」

 無言で目を逸らす。その行動を瞬時に読み取り、川添は人に聞かせるためのため息をついた。

「……一つ聞いてもいい?」

「はい、どうぞ何でも聞いてください」

 こういう時は敬語が大切、なはず。

「ラブレターって、知ってるよね?」

「もちろん。恋文ともいう、恋人同士の間や片思いの相手に愛の告白を行う手紙のこと、だよね?」

「君、それをどうした?」

「捨てました」

 二人の間を五月下旬に吹くはずのない冬風が通った。

 こういうときは、笑顔は大事では、なさそうだ。


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