非日常の始まり

一日が始まりを迎えることを知らせる朝が、今日もやってくる。


 けたたましい目覚まし時計の音で目が覚める。何時だとは大体わかっているけど念のために、仕方なく瞼を無理やり開かせて、時刻を確認する。

 七時半。学校の朝礼は八時十五分だが、僕の家は徒歩十分のところに位置するので、まぁ間に合うだろうという経験談を思い返しつつ支度を始める。

 支度が終わると、二階の自室から一階へ降り、母の用意してくれた朝食を食べる。

 毎日一定の量なのはいいのだが、一定ゆえに学校への登校は常に八時十分を保ち続けている。正直朝食を少し減らしてもらってゆとりを持たせたいのだが、そんな思想とは相反して行動には映らない。


 そして家から追い出される形でそのまま学校へ向かう。

 静寂な家の中とは違って外は喧騒といえるほどだ。

 車が鳴らすクラクション、エンジン音、人の話し声、などなど。

 この辺りではまだその影響は僕の嫌気にまでは及んでいないが、喧騒の極みともいえる観光スポットやテーマパークではきっと僕はその膨大な情報力に脳が追い付かず、死を迎えるかもしれない。

 そんなことを考えているといつの間にか下駄箱の前にいた。

 そしていつの間にか、授業を受け、授業が終わり。



「君と話をしていた。」

「……急にどうしたの、しかもなんで過去形?」

「いや、何でもない。一日は早いと悟っていたんだ。」

「ああ、そう。いいんじゃない?」

「投げやりやめてよ、反応に困る」

 五月下旬、入部するタイミングを見図り損ねた僕と彼女、川添は今日も放課後、教室に残り正面から向き合って話をしていた。

 というとロマンチックなシチュエーションに見えるが、実際はその真逆である。

 「あと、ずっと言ってるけど君じゃなくて蒼依って呼べばいいのに、お互い長い付き合いなんだからさぁ…」

 あきれたように言う彼女を見つつ、彼女の名前が蒼依だったことを数秒かけて思い出した。こういうときの彼女の言動にはたいてい顔をしかめるか頷くか、聞いてないふりをすれば聞き流してくれるので、今日も同じようにする。

 そもそも僕はずっと話しかけてくるような人物を除いて、人と話さないことをためらわない。

 正直、人に興味はないので、周囲からも僕という人間は興味を持たれていないと思っているのだが、それでも彼女がこうして話しかけていることには疑問を持つ。

 彼女とは確か小一くらいから一緒にいたように思う。実際、一緒にいたというよりは、人とのかかわりを好んでない僕に彼女がついてきた、という方が正確なのかもしれない。

 それとは関係なしに、彼女は僕にも目に留まるような人間性を持った人物だった。

 クラスを引き連れる天性のリーダーシップ、生徒からはもちろん教師からも慕われる人望、そのすべてが僕にはないもので、「これが僕とは真逆な存在なのか」と、世界は広いと実感したきっかけすら持たせた。

 中学校に入ってからもそれは絶大なものとして発揮され、人に聞いた話によると入学早々から既にクラスを取りまとめていたそうだ。そのような人物であるからして、彼女とすれ違えば皆が挨拶をするという人気ぶり。

 しかし、彼女は諦めることなく僕に付き添った。もはやストーカーの領域だと思う。別に、ついてこられて支障が起きるわけではないのでやめてくれといった覚えはない。そのせいだろうか。

 そこでやはり疑問が立つ。なぜ彼女はほかに話し相手はいそうなのに僕のもとへ来るのか。

 彼女に会ってから解決できない疑問に結論は出ず、考えているうちに、背中をたたかれた。

「浩介、聞いてる? もう帰ろうって、6時だよ」

「ん、あぁ、そうだね」

 曖昧な相槌を打って、机の横に掛けていた鞄を持つ。



「きれいな空だよ!早く来てー、浩介」

 群青とオレンジの夕日が混ざったようなそれを見上げて、先に行った彼女が二階にいる僕の方に振り返って言った。

「もう行くから待ってて。」

 そう答え、急ぎ足で階段を降りる。人を待たせるのは気が引けるし、相手も疲れるので、こういうのは大体早歩きをするのがいいとどこかの番組で言っていた。

 一階まで下り、下駄箱を開ける。そして玄関まで出ようとしたのだが、僕の思考は下駄箱に張り付けられた。

 そこに入っていたのは、四角く折りたたまれた紙に封としてハート型のシールが貼られたたもの。

 これってラブレター、と僕が言う前に、さっきまで校庭にいたはずの彼女がこちらに来て、「ラブレター!?」と校舎一帯に響き渡る声で叫んだ。


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