最終話 MERRY CHRISTMAS,my sons.

 鉛の種をばら撒くことが存在意義の鈍色にびいろの花の中、壮年の男は実に満足気な表情を浮かべていた。隣の青年が困惑していることも知らずに。


「これ以上、私の工場に居座るのであれば、かわいい子供たちが沢山死ぬことになります。サンタさんとしては、当然、子供を殺すわけにはいきませんよね?」

「やれ。……ヘロデシステム起動」


 コリンのおどしにもかかわらず、エイトオーのゴーサイン。するとトナ太郎以下トナカイフォース5名は一斉に左のつのを引き抜き、拳銃のように構えて先端をコリンに向けた。が、そのまま微動だにしない。


「んん? 何をしているのかな? そんな角でどうにかなるとでも?」

「コリンさん、あれは――」


 ロクが何か言いかけたときだった。トナカイフォースの持つつのが一斉に白亜に輝いたかと思えば、その光は線となり彼らを結ぶ五芒星を形作ったのだ。かと思えば、次の瞬間には警備ロボットが全てダウンしていたのである。


「くそ! 何が起こった!」


 そんな悪態をつく前に、コリンにはやらなければならないことがあったはずだ。だが、予想外の事態に彼はそれを怠った。そう、エイトオーは先程の攻撃には一切参加していない。それは即ち、すぐに動けるということ。

 コリンが気付いたときには既に手遅れ。重く、赤黒い鋼鉄製の左拳が鳩尾みぞおちに叩き込まれ、前のめりに崩れ落ちた。


「まったく、お人形さんを使って子供を人質にとるなんざあ、悪趣味にもほどがあるぜ。なあ、ロクよ?」


 コリンが倒されれば、我に返ると踏んでいたのだが、ロクは悪意に満ちた目でエイトオーを睨み続けていた。


「……そうか。やり合わないと分からないか。じゃあ、気のすむまでやってやろうじゃないか!」

「抜かせ! 骨が折れないようにミルクでも飲んでろ! クソじじい!」


 殴り合いの予感にエイトオーの筋肉は膨張し、再び財団製のジャケットを破裂させれば、察したトナ太郎たちが周囲の子供を巻き添えにするまいと、肩に脇にと抱えて必死に移動させる。そして準備万端となったところで、血の繋がりのない親子の喧嘩が始まった。


 だが、それは喧嘩と呼べるようなものだったろうか。他のトナカイフォースが見守る中、お互い、足も動かさずにひたすらに殴り、ひたすらに殴られるだけ。これが彼らのいつもの喧嘩の流儀だった。そう、いつもの。


「どうしたぁ! そんなもんか!」

「そっちこそ足腰ガタガタなんだろ! 早く降参しろよ!」

「うるせぇ、クソガキ!」

「うるせえ、クソじじい!」


「ごぅふ……、おはえしだ」

「げぇふ……、まだまひゃ」

「こえで……どうだ!」

「ふん! ききゅかよ!」


 何度も何度も拳の応酬を続ければ、最早、何を言っているのかも怪しい状況。しかし、それでも倒れない。お互いに意地がある。親父としての意地と、遅い反抗期の子供の意地が。


「ハァ、ハァ、ハァ、そろ……そろ、降参しろよ」

「ハァ、……ハァ、ハァ、ふざけ……んなよ」


 だが、とうとう精魂尽き果てたのか、二人同時に後ろに倒れ込んでしまった。それでもトナ太郎たちは腕組みをしたまま動かない。これもきっといつものことに違いない。


「はっはっはっはっはー」

「はっはっはっはー」


 突如として発せられた大笑いに続き、二人は言葉を交わす。


「なんでえ、クソガキだと思ってたのに、随分と大きくなったじゃねえか」

「は! そっちこそ随分と老いぼれたんじゃないか」

「言うねえ。そんじゃ、ま、帰るぞ、ロク」

「……そうだな、帰ろう。どうせじじいは足腰弱ってるだろうから、僕の肩を貸すよ」

「け! 言ってろ!」


 二人揃ってゆっくりと上体を起こせば、エイトオーは優しい目で我が子に声をかけた。


「メリークリスマス」


 一瞬、きょとんとしたロクだったが、すぐに幼子おさなごのように破顔する。


「メリークリスマス。ありがとうよ、サンタさん」


 日付は12月24日、時刻は22時。

 彼らの仕事はこれからが本番だ。


【完】

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サンタと秘密のおもちゃ工場〔director's cut〕 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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