結、そして再び起

 その後、どうしたのだったか。

 大通りに出てから、駅はあっち、的なことを言われたような気がする。気がついた時には、私鉄の改札前にいた。帰宅する人の波に流され、電車に乗って。家に着いたらお母さんがすごい顔で飛び出してきたけど、私を見たら何か言いたいことがあるけど言えないみたいな感じになった。とりあえず顔を洗ってきなさいと言われて洗面所に行ったら、鏡に映る私の顔は泣き腫らしてひどいことになっていた。そりゃ小言も言えなくなるな、と思ったあたりから、いつもの感覚が戻ってきただろうか。

 いつもより遅めの夕食を食べながら、とにかく連絡は取れるようにしなさいと怒られた。そういえばスマホの電源切ってたなと思い出し、電源を入れたら着信履歴がすごいことになっていた。心配かけたんだな、と素直に思えて、素直にごめんなさいが言えて。お風呂に入ったら顔の腫れぼったさも落ち着いて、ものすごく眠くなってベッドに倒れ込んだ。


 気がついたら朝というのが憚られる時間になっていた。ふくらはぎと足の裏が痛い。昨日どんだけ歩いたんだ私。

 リビングに下りると、お母さんはもう仕事に行っていた。パンをトースターに放り込み、昨日返事ができなかった友達にごめんなさいを送り続ける。

 あんずジャムを塗ったトーストをかじっていると、昨日の全てが夢みたいだ。もちろん、不合格だったのは現実だけど。それを受け入れられているのは、自称吸血鬼のおかげだろうか。

 まるで現実味のない、外階段から眺めた夜の街。蛍光灯に照らされる、周りに溶けて消えそうな姿。光の加減で茶にも金にも見える、吸い込まれるような瞳。そして──。

 顔にぶわーっと熱が上がってくるのが分かる。いや別に?ファーストキスとか気にするようなタイプでもないですし?そもそもあれはそういうのじゃなくてノーカンというかなんというか。

 暴れる感情をトーストにぶつけてガツガツ食べていたら、プルルルっと電子音が鳴り響いてびっくんと体が跳ねた。あ、指にジャムついた。

 滅多に鳴らない家電の子機を慌てて取り、耳に当てる。


 はい。はい、そうです。はい。ええと、はい。本人です。はい。えーと、今、私しかいないです。はい。あ、いえ。はい。はい…はい?

 補欠、合格?


 その後の記憶もちょっと曖昧だ。テンパった私は、丁寧に手続きについて説明してくれる事務員さんの言葉をとにかくメモに残すしかできなかった。入学の意思があるようでしたら今日中に入学金の入金を、という言葉に、頭が完全にパニックになる。

 お母さんの携帯番号に電話をかけても繋がらなくて、リダイヤルを連打して。送れる手段全部でメッセージを送って、リビングでうろうろしながら高校の入学手続きのページを何度も見返した。

 お母さんからの返信に飛びつくと、開口一番「あんた、怖いよ」と笑われた。メッセージを見て、もう入金手続きは済ませたという言葉に全身の力が抜ける。

 こうして、私の一生記憶に残るであろう高校受験は終わった。外の雪は、もうすっかり溶けて無くなっていた。




 今年の桜は開花が早かったとかで、満開の盛りを過ぎて半分以上散っている。路上に落ちた花びらが、風に吹かれて転がっていく。

 真新しいセーラー服に身を包み、雪の日に歩いた道を再び進む。隣のお母さんも、今日は気合いを入れる日用のスーツ姿だ。同じような組み合わせの家族が、同じ方向を目指して歩いているのが何だか変な感じがする。

 高校の正門には、大きな「入学式」の白看板が掲げられていた。写真撮影の待機列みたいになっている所に並び、看板の前でお母さんに何枚も写真を撮られる。なんだか恥ずかしいような、嬉しいような。首の後ろがぞわぞわする。

 中に入ると、保護者と生徒は別々に案内される。案内を担当しているのは、内部進学組の高校1年生だそうだ。中高一貫校のこの高校に外部から入ってくるのは、全体の4分の1。少数派だし勉強の進度も全然違って苦労するとは聞いているけど、どうなることやら。


 クラス分けを掲示する紙で自分のクラスを確認すると、各クラスのプラカードを持った生徒の所に移動する。内部進学組も今日が高校入学の日になるのは一緒だが、今まで3年通った学校だ。先生と軽口を叩きながら、きゃいきゃい楽しそうにしている。私、うまくやれるかな。

 既にこなれた感じの制服の左胸に、白い花のコサージュが付いているのが内部進学組。真新しい制服にオレンジ色のコサージュが受験組のようだ。白い花を付けた生徒が、オレンジのコサージュを手にして待機している。


「あら」


 ざわついた中でも、はっきりと通る声。思わず足が止まる。白いコサージュを胸に、オレンジのコサージュを手に持った生徒。明るい栗色の髪を三つ編みにまとめ、金色のような茶色のような瞳が、私の姿を映している。

 …なんで?


「入学おめでとうございます」


 細く長い指が、私の胸にオレンジ色の花を留める。位置を整えると、満足したのか小さな唇が満足気に弧を描く。

 なんで、ここに?


「これから、よろしくお願いしますね」


 例年よりも温かな、よく晴れた四月のとある一日。

 セーラー服に身を包んだ自称吸血鬼は、悪戯っぽく唇に人差し指を当て、私に微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪の日 田中鈴木 @tanaka_suzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ