悔しい。

 悔しい。そうか。悔しかったんだ、私。

 ゆっくり形を確かめるように、吸血鬼の手が私の髪を撫でた。形を与えられた感情が膨れ上がり、暴れ出す。溢れる涙が熱い。吸血鬼の細い体を、ぎりぎりと両腕で締め付ける。

 努力した。がんばった。不安で、打ち消したくて強気な言葉を並べてみた。きっと、今まででいちばんがんばった。

 がんばった、のに。

 声も出せずに泣く私を、吸血鬼は何も言わずに撫で続けた。ゆっくりゆっくり動く手に、暴れ回っていた心が少しづつ鎮められていく。私の腕の力が弱まるのを見計らったように、吸血鬼はハンカチを取り出して顔を拭いてくれた。涙と鼻水で冷えた顔に、体温で温まった布の感触が心地良い。何だか小さい子供に戻ったような、甘えた気持ちでされるに任せる。


「少し落ち着きましたか?」

「えと、はい。ごめんなさい」

「いえいえ」


 ハンカチと、吸血鬼のコートの左肩が濡れている。泣きすぎてこめかみの辺りが痛い。


「では、お話を聞けたところで少し命を頂いてもいいですか?」


 一段下から見上げる瞳が、きらきら金色に光って見える。こうして間近で見ると、ちょっと気後れするくらいの美少女だ。まっすぐ見ていられなくなって、目を逸らす。


「えーと、具体的には何をするんですか?」

「ああ、説明していませんでしたね。少し唇を合わせるだけです」

「はい?」

「唇を合わせるだけです」


 二度言われた。

 何言ってるのこの人。唇を合わせるって、つまりその、キス…。

 吸血鬼の右手が、私の頬に触れる。思わず体が震えるほど熱い。いや私が冷えてるのか。ぐっと視線を合わされ、煌めく瞳を見ていられなくて目を閉じる。

 唇に何かが触れた。熱くて、柔らかい感触。少し湿り気を帯びたそれは、ややあって離れていった。


「ありがとうございました」


 恐る恐る開いた目に、赤みがかった薄茶の瞳が映る。何かに痺れたように動けない私の頬から、吸血鬼の手が離れる。


「下に降りましょうか。ここ、寒いですし」


 吸血鬼はそう言うと、階段を下り始めた。ふらふら私も続く。

 ぼーっとして現実感のない中で、頬と、唇に残る感触だけが熱を残していた。

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