ショート劇場「戦力外男子バスケ部員と音フェチ少女」
タヌキング
夢破れたバスケ部員とフェチ少女
"ザッ"
俺の名前は宮本 修司(みやもと しゅうじ)。
背の低い眼鏡の冴えない高校三年生だと自負している。
"ザッ"
今日ショックなことがあって気落ちしている。
まぁ、よくある話さ。バスケ部に所属してるんだが、最後の高校総体でユニフォームも貰えなかった。
三年間真面目にやっていたヘタクソより、遊びやバイトに精を出していた上手い奴、二年生や一年生の期待の新人の方が選ばれるのは合理的かもしれない。試合するからには勝った方が楽しいもんな。クソが。
"ザッ"
監督も最初は練習に来てる奴を試合に出すなんて調子のいいことを言っておいて、練習試合にもまともに出してもらったことは無い。アップさせるだけさせておいて、試合には出ずに冷める体。終わり頃に男女混合チームと試合させられるのは惨めで苦痛でしか無かった。
"ザッ"
あー、もう夢も希望もありゃしない。こんな気持ちで明日から練習なんてやってられるかよ。だが、サボるのも何か違う気がするし、試合に出る奴らの練習相手になるより道はないのだろう。人生の無情にこの歳で気づきたくは無かった。
"ダンッ"
おっ、流石に外したか、ここまで4連続でスリーポイント決めてたんだけどな。こんな日に限って調子が良い。
と、ここで俺は後ろに人の気配を感じた。だが、もうバスケ部も、隣でやっていたバレー部も全員帰った筈である。俺は一人残ってスリーポイントシュートを打っていた・・・気のせいだとは思うが、一応後ろを振り向いてみるか。
くるりと後ろを振り向くと、そこにはウチの制服を着たツインテールの女の子が、ハァハァと息を荒らげ、顔を真っ赤にして立っていた。
「ぎゃああああ!!」
俺は悲鳴を上げた。だって怖いじゃないか。
「あ、すいません。邪魔しちゃいましたね。」
「き、君は誰だ?」
「申し遅れした。私は二年生の新島 美智留(にいじま みちる)です。」
二年生?二年生が俺に何の用がある?後輩といえども見覚えも無い。まさか俺に愛の告白を・・・って流石に都合良すぎるそれは無い。今しがた人生の無情を感じたばかりじゃないか。
「あ、あの、俺に何か用がおありで?」
「いえ、その、あの、えへへ♪」
・・・可愛い。笑って誤魔化すの可愛い。だが誤魔化されてたまるか。
「頼むから教えてくれないか?」
「・・・実は先輩のスリーポイントシュートの音が素晴らしくて♪ずっと聞いていました♪」
「はえ?」
スリーポイントシュートの音?あの"ザッ"って音?
「わ、私は音フェチでして、良い音を聞くと昇天しちゃいそうなぐらい気持ち良くなっちゃうんです。休みの日はそんな音を探すためだけに散歩に出掛けちゃうくらいでして。エヘヘ♪」
うーん、変態だ。可愛い変態さんだな。世の中には色んな趣向の人がいるもんだ。
「その中でも先輩のスリーポイントシュートの音はずば抜けて私の好きな音です♪歯切れが良くて耳心地と最高♪この前、録音もさせてもらったんですけど、やはり生の音は違いますね♪」
鼻息荒く俺のスリーポイントシュートの音を熱弁する新島君。というか録音までされてるとはな。何だか危ない雰囲気も出て来た。
ドリブルもパスもセンスの無い俺の唯一の特技はジャンプシュート、スリーポイントでも5割以上の精度はある。まぁ、パスの貰い方も下手くそだし、ディフェンスも外せないので、練習試合では打つ場面はほぼ無くて、よく他の部員から無駄な特技だとバカにされている。
そんな俺のシュートを褒めてくれる人が現れるなんて夢にも思わなかった。
だが、ここで疑問が一つ。音を聞くだけなら体育館の外に居ても良い筈だ。なのにどうして中に入って来たんだろう?俺に存在を知られることはデメリットしか無いだろうに。
「あ、あの先輩。何か悲しいことでもあったんですか?体育館の下の方から覗いてたんですが、元気が無さそうだったので・・・まさかバスケ部やめちゃいますか!!それは私が困ります!!先輩のシュートの音のない世界で私はもう生きれません!!」
大層な物言いだ。だが目に涙を溜めてるぐらいだ、その言葉に嘘はあるまい。俺のシュートを、俺の三年間の成果を必要としてくれている人が居る。その事実が俺の傷ついた心を癒やしてくれた。
「バスケ部はやめないよ。あと少しだしね。ここまで来たら最後まで続けるよ。」
「ほ、本当ですか?良かったぁ、ホッとしました。」
俺のスリーポイント一つで一喜一憂するなんて、本当に変わった子だな。でもこの子のおかげで確実に俺の心は救われた。ここはご褒美の一つでも彼女にあげたい。
「そんなに俺のスリーポイントの音聞きたいなら、今度の休日に港近くのバスケットコートで、ずーっとシュート打ってあげようか?」
「えぇええええええ!!良いんですかぁああああ!!やったぁあああ!!」
俺が引くぐらい喜ぶ新島君は、そのまま何故か俺に抱き着いてきた。おそらく喜びのあまり抱き着いてきただけで、俺のことが好きとかそういうのでは無いのだろうが、彼女の胸が意外と大きくて、それを俺の体に押し当てられて、ドキドキが止まらない。
「あ、あの新島さん、離れて。」
「うひゃああああああ!!」
駄目だ、聞いてねぇ。
こうして二人の奇妙な関係が始まった。
〜八年後〜
"ザッ"
休日、いつものバスケットコートでスリーポイントシュートを打つ俺。今日も調子が良い。7割ってとこかな?
チラリと後ろにいる二人の母子に目を向けると、二人共、恍惚の表情を浮かべてウットリとしている。
「アナター♪今日も最高の音よ♪」
「パパー♪ナイス音♪」
おいおいそこはナイスシュートだろうに、嫁の音フェチは4歳の娘にも伝染したらしく、俺は幸せ音源装置として休みの日は必ずスリーポイントシュートを打ちまくらないといけない。
人生は無情で辛いことも少なくないが、努力したことがひょんなことから幸せに繋がったりすることもあるから、腐らず努力をすることはオススメだ。
"ザッ'
「キヤァアアアア♪」
ショート劇場「戦力外男子バスケ部員と音フェチ少女」 タヌキング @kibamusi
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