マジで何も無い異世界転生

不明夜

接敵

 照り付ける太陽、どこまでも広がる草原。遠くにうっすらと見えるのはもしや城壁か何かだろうか。その現実味のない光景に、期待と不安が入り混じる。もっとも、割合でいうと不安がほぼ全てを占めるのだが。

「痛い痛い痛い!足に何か大きめの石が刺さった!」 

 憧れの異世界転生、のはずだった。確かにここに来て最初の数秒は興奮しただろう。そう、自分がと気付くまでは。

 全裸のままで草原を彷徨う。来てすぐの興奮は何処へやら、肌が焼ける様な日差しの中、僕はすでにホームシックとなっていた。

 絶望の中、今日の行動に何か悪い点があったのではと思い立ち、一日の行動を思い返す。

「(朝起きて、顔を洗って、朝食はパン……米の方が良かったのか)」

 一つ一つ丁寧に思い出していく。頭の中で一日の行動をなぞるうちに、重大な事を思い出した。

「寝る時、もしかしたら全裸だったっけ。え、それのせい?」

 まさか、そんな事がある訳がない。すぐに考えを否定しようとするが、ここは異世界。常識が通用しないと分かった時のため息は、恐らく今までの人生で一番大きかった事だろう。 

 そんな僕の前に現れたいかにも異世界らしい怪物の群れは、絶望を加速させるには充分な圧を持っていた。

「スライムって本当にいるんだ!……いや、流石に数……多くね?」

 目の前に広がる草原を埋め尽くした緑のゲル。生物かどうかも疑わしいソレは、ここから見える範囲だけでも恐らく数千匹が這い回っている。

 草の緑かスライムの緑かも分からなくなる異様な光景は、ニュースで見たバッタの大量発生を彷彿とさせた。

「スライムってこんなに怖い生き物だったのかよ……異世界つらいわ」

 少しでもスライムがいない方へ行こうと走り始める。踏み締めた土と草の感触も、全身で受ける風も、今はひたすら虚しいだけだ。

 その後は一匹だけスライムが追って来ている事を除いて、特に何事もなく数分が経過した。走り続けて息も切れてきた頃に、横から声を掛けられて足が止まる。

 僕を呼び止めたのは、甲冑を身に付け馬へと跨るいかにも西洋の騎士と言った風貌の者だった。

「すみません、何か着るものを持ってないですか」 

 どう考えても第一印象は最悪だろうが、そもそも体裁を気にする事が出来る姿ではないので今更だ。

「……何故全裸でこんな所にいる。今はスライムの繁殖期だぞ」

「いやその……これには深いわけがありまして……」

 異世界だというのに言葉が通じ、少し現実に引き戻されたような何とも言えない気持ちになる。ただ、言葉が通じたところで僕が全裸の変質者である事に変わりはなかった。この場をどう切り抜けるか考えていると、突然背後からの攻撃を受ける。

「痛っ!腰にきたんだけど!えっなに?スライム?」

 今になって後ろから追って来ていたスライムの存在を思い出す。ゲル状の体からは想像できなかった純粋な力を前に、僕はただ攻撃を喰らい続けた。

「……何故ただのスライムに負けているんだ。そのくらい叩き潰せ」

「無理です無理です!こいつ何故か強いんだけど!」

 腹に体当たりを喰らいながらも何とか捕まえ、全力で地面に叩きつける。

 しかし、怠惰な日々を送ってきたツケが回って来たのだろう。スライムを潰す事が叶わなかっただけでなく、その弾力を利用したアッパーカットに膝を折る。

「負けた……スライムに……」

 意識が遠のいていく中、最後に聞こえたのはあのスライムの断末魔だろうか。そう、あの連続した電子音は––––––

「……夢かよ」 

 カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めながら、スマホのアラームを止める。

 あの敗北も夢だった事に安堵しながら、それでも少しだけ非日常を恋しく思う。

「でも、服くらいは持ち込ませて欲しいよな」

 寝巻きに身を包みながら、いつもの部屋で一人静かに呟いた。
















 

 








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マジで何も無い異世界転生 不明夜 @fumeiyo

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