第13話 服

 コンビニよりも近くに安価の大手衣類ショップと百円ショップがあることにこんなに助けられるとは。引っ越してきて三年ほどになるが、ほんの数回しか来たことはない。

 店は倉庫のような趣で、一階が店舗、二階以上は駐車場になっている。恐らく土日になるとファミリーであふれるのだろう。一階の入り口近くはハンバーガーショップやラーメン屋が集まる、フードコートになっている。

 平日な上に雨だからか、『閑散』とは言わないが、新聞を読んだり、雑談をする老人が数人いるだけで、静かなものだった。

 走って跳ね上げた泥水で足はびしょ濡れになっていた。

 ティーンエージャーが着るような可愛いコーディネートと、夏緒くらいの年齢の若い女性向けの服を着たマネキンが『プチプラ』の看板と一緒に出迎える。

 夏緒はマネキンを直視できない。自分の服を買いに来たわけではないのだ。

 それがとても後ろめたい。

 視線を泳がせ、メンズコーナーを探した。


 需要が少ないのか、メンズコーナーは店の一番奥にひっそりとあった。XLサイズのリラックスウェアセットで1,290円と男性用下着三枚セット560円を掴んでレジに行く。

 安い。

 今が夏であることに感謝した。冬物だとさすがにこうはいかないだろう。

 並ぶこともなく、レジの前まで行き、あまりのスピードに夏緒はまだ気構えできていない。

 自分の母親ほどの年齢の女性が、下着のバーコードを読み取るのを見て、夏緒はこっそり俯いた。

 彼氏の物ならまだしも、今日知り合ったばかりの男性に履かせる下着である。夏緒は誰のものか聞かれても困らないよう、心の中でそっと言い訳を考えた。


 田舎の兄が突然やってきて、泊めろというので……


 もちろん理由など聞かれることなどなく、会計を済ませ、レジに背を向けてから、安堵のため息をついた。

 再び泥水を跳ね上げながら部屋に向かって夏緒は走り始める。早く自分もシャワーを浴びたいと思った。散々動き回ったので、汗で下着が肌にくっついて気持ちが悪い。

 すっかり息が切れ、アパートの屋根が見えるところまでくると、肩で息をしながら歩いた。走るにはもう限界を過ぎていた。肺が熱を持ち、湿度は高いのに、喉はカラカラだ。

 スマホを見ると、15:23と表示されている。

 部屋を出た時間を見ていなかったことに後悔したが、おそらく20分も経っていないだろう。

 玄関の扉をそっと開けるとまだシャワーの音がしていた。

 ビニールから服を出す。リラックスウェアもパンツも個別にプラスチックの袋に入っており、タグは付いていない。

 服だけむき出しの状態にして、扉の前に並べ、リアムの脱ぎ棄てた、びっしょりと濡れてしまっている重たい服を躊躇いながらつまむ。まだ温度の残る服に、夏緒は恥ずかしさを感じざるを得ない。直視するのも恥ずかしく、薄目を開けて、ビニールに入れた。

 ズボンには少し大きめのウェストポーチのようなものがついていた。紐でベルトのように通してある。

 濡れていたが、勝手にいじるわけにもいかず、外してそのまま置いておくことにする。

 夏緒は軽く扉をノックし、大きな声で叫ぶ。

「大丈夫?着替え、置いておくね!着替えたら外に出てきてくれる?」

 ウォー、みたいな声がした。おそらくは通じているだろう。

 濡れた服を置いたせいで、脱衣所前の廊下部分はしっかりと濡れていた。あとで拭かなくてはならないが、雑巾がどこにあるか思い出せない。

 夏緒はいそいそと外に出て、そのまま自分の部屋の洗濯機に向かう。リアムの服は動物みたいなにおいがした。

 さすがにチョッキは洗ったら駄目にしてしまう気がして、ハンガーに吊るして突っ張り棒に掛け、やはりじろじろ見ることも出来ずに、全て洗濯機に放り込み、ボタンを押した。


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