第9話 どこから

 ごくりと、つばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。

「聞いても、いいですか?あの、色々と聞きたいことがあるんですけど」

 勢い込む夏緒だが、リアムはのんびりとした笑みを浮かべている。

「はい」

 はーっと、ひとつ、大きく息を吐いて、心を落ち着ける。どんな返事が返ってきても、受け止められるように、と。

「どこから、来たんですか?」

 思ったよりも声は、静かに響いた。

 リアムはまだほんのりとした笑みを浮かべたまま、俯き、ズボンを拭くのをやめて、沈黙する。

 漂いはじめる重い空気を感じながらも、夏緒は負けまいと、更に言葉を続けた。

「光を、見ました」

 こうしてひとつひとつ、彼のことを知ったら、関りを深く持ったら、それだけ面倒に巻き込まれるであろうことを知りながら。

 それでも——引き下がれないと強く思った。

「光の中から、出て来るのを」



「………ルグタ」



 リアムは再び、ズボンをこすり始めて、顔も上げずに、呟くようにそう言った。表情はよく見えない。

「え?」

「ルグタ、言います。あの光は、扉です」

 そういって、今度はリアムが大きなため息をついた。体の空気をみんな吐き出すような、深いため息だった。

「僕はラグシャ王国から来ました。ショウコさんは僕の世界を『異世界』と呼びます」


「異世界」


 口にしてみると、なんと現実味のない言葉だろう。けれどそれと同じくらい、違和感もない。納得できるかと言えば、——まぁできる、もしくは、するしかない。

 ロシアから来ました、と言われたら納得するかというと、その方がおかしい。見た目はともかく、光の説明ができない。あの光、ルグタについて納得できる説明を求めるなら、『異世界』という回答は妥当だろう。

 簡単に受け入れられるものではないが。

「ここは、地球で、日本ですね?」

 リアムの緑色の瞳が、まっすぐに夏緒に向けられる。

「リアムの国は、地球にはないのね?」

 夏緒は呟くように言い、リアムは頷いた。

「ルグタは閉まった。僕は、帰れない」

 リアムの唇がわずかに震えていた。

「ルグタは、出てこないの?魔法で出すとか、なんかスイッチ押したら出て来るとか」

「高位の召喚士がいれば。でも、僕は召喚士じゃないし、召喚士でも時々しか作れない。僕は五年、待ちました。ルグタが成功するのに」

 ほんの少し残っていたクリームをカップに入れ、彼はスティックシュガーを何度か傾けて音を聞いている。

 夏緒が手を出すとリアムは少し戸惑いながら夏緒に手渡した。夏緒は口を破って、返す。

 リアムは真剣な目で中身を覗き込む。目が合ったので、コーヒーを指さすと、神妙な面持ちでコーヒーに砂糖を入れた。

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