第5話 彼
時間は十一時半を回っていて、お腹が空いていることに気付いた。
駅前のマクドナルドに入り、夏緒はハンバーガーを持ったままため息をつく。
——やはり無謀だったか。
もしかしたら、また現れた時と同様にあの光に入って、どこかへ行ってしまっているかもしれないのだ。
そうだ。彼は普通の人ではない。
期間限定チキンスパイスバーガーにかぶりつきながら、彼と出会った時のことを思い出す。
突然現れた謎の光。あの、魅惑的な光。
思い出すだけでも胸が焦がれる。またあの光が見たい。あの光に触れ、あの光に包まれてみたい——
握ったままのハンバーガーの『こだわりのオーロラソース』が指に垂れてこなかったら、夏緒はぼんやりと怪しげな笑みを浮かべたまま、周りの席に人がいなくなるまで、座り続けていたかもしれない。
慌てて指を舐め、我に返った夏緒は、頭をあの『彼』へと切り替える。
——どこでもドア的なものを作った発明家とか……そんな風には見えなかったけど。
——タイムマシン的なもので未来からやってきた未来人……服装が素朴だったけど。
——もしくは、異世界からやってきた魔法使いみたいなもの……どちらかと言えば狩人のようだったけど。
答えはもちろん出るわけもなく、せっかくの期間限定バーガーは、味を感じる前になくなってしまった。
食べた気もしないのに、膨れたお腹で、持て余したポテトを指でいくつかはじいてから、一度トイレに立つ。手がべたべたしていた。
新しい店舗特有の明るい鏡の中の自分は、朝、洗面所に立った時と比べたら幾分マシだった。
塗っていた肌色のクリームは殆ど剥げていたし、湿度で髪がぺしゃんとなっていたが、頬はほんのり紅潮し、『生きている人』らしい表情をしている。
夏緒は唇をほんの少し緩めた。
体力も戻ったのか、席に座る気力が湧いてきた。
ここまで来たら、とことんやってやろうと、再びスマホを出して、今度は現時点から一番近い公園を確認する。
駅の向こう側の、中学受験用学習塾のビルの裏側に、それはあった。
そちらのエリアには用事もないのであまり行くことはないが、個人経営のレストランが多く、住宅街も近いため、落ち着いたエリアだったはずだ。期待が持てる。
残りのポテトを一気に口に放り込んで、公園に向かった。
ありがとうございましたー。
のんびりした若い店員の声が背中を押す。レジにいたのは大学生くらいの女の子だったから、若いと言っても自分と大して変わらないだろう。けれど、若い、と夏緒は思う。
確実に、自分とは違う世界の子——あちら側の、人。
混み合う改札前を足早に素通りし、バスのロータリーを抜け、しんと静まり返った学習塾の裏に抜けると、公園は確かにあった。
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