第47話 エルダナ村の再開発

 父親から伝えられた怒涛の真実――

 どうしてそんなことになったのかというと、全てはナリウスの差金らしい。


 カイルがマイコニド狩りの遠征に出向いている間に全ての決済を済ませてしまったらしく、このエルダナ村は周辺区域を統括する重要拠点へと格上げとなった。


 小さな村を、かなり大きな街へと発展させる――その巨大なプロジェクトを差配するのが、王国でも最大のグレン商会だ。もちろん、この辺もナリウスの口利きが大きいのだろう。


 そんな地域を治めるのが底辺の衛爵ではかっこがつかない。その決定に引きずられる形でザリングス家の家格は男爵に上がることとなった。


 カイルは、フラノスから帰る馬車でのナリウスの言葉を思い出す。


 ――だけど、私はその言葉に甘えるつもりはない。君の忠義にはきっちりと礼を尽くすつもりだ。ぜひ期待しておいてくれ。


 どうやら、本気でナリウスはカイルの行いに対して報いてくれるつもりらしい。自分のような人間のことをそこまで気にかけてくれることにカイルは痛く感動してしまった。


 父親がカイルの顔を覗き込む。


「お前、王都で何をしたんだ?」


「い、いやあ……」


 自分の活躍を口外できないカイルはしどろもどろになりながら、

「か、関係ないんじゃないかなあ……その、たまたまこの地域に注目が集まった、みたいな……」


「……そんなたまたまあるのか?」


 父親は腑に落ちない様子だった。

 我が家の伸長はそれだけに留まらなかった。


 翌日の夜、カイルを歓迎する会が催された。てっきり食堂に家族だけ集まって行うものかと思っていたら、そんなことはなかった。

 食堂は食堂だが、テーブルは片付けられ、立食形式のパーティーが行われた。

 つまり、それだけ参加者が多いということだ。


 父親曰く、


「計画が始まったばかりってのもあるんだが、グレン商会のお偉いさんもこちらに逗留していてな。それでぜひ参加させて欲しいと頼まれて――」


 ここで声のトーンを落として、父が続ける。


「実はな、ここのパーティーの食材はほとんど商会持ちなんだ。表でやっている村民たちの祭りにも協賛してもらっている。なんだか、扱いが凄すぎて驚くよ……」


 ようするに、そこまでしてザリングス家と距離を詰めておきたいと思っているのだろう。中央の大貴族ならともかく、田舎の、見向きもされなかった衛爵としては、逆にオロオロしてしまう状況だ。単純に、甘やかされるのに慣れていない。

 宴の席が始まった。


(い、忙しい……!?)


 カイルは目まぐるしい時間を過ごすことになった。

 今までだと、家族と客人だけでゆっくりと話すだけだった。それが――


「ああ、カイル様ですね。私、東側の工事を担当するラジネスクです。お見知り置きを」


「都市計画を担当するマイネスです。お父上にはお世話になっております」


 などと、次から次へと人々が挨拶に来る。


(ええと、ラジネスクさんに、マイネスさん……ラジネスクさんに、マイネスさん……)


 人の名前と顔を覚えることに余念がないカイルとはいえ、さすがにあまりの数に目を白黒とさせてしまう。

 立食を楽しむ間もなく、父と一緒に村の開発に携わる人たちと挨拶をし続けた。

 人の流れがひと段落した頃、父親が楽しげに笑う。


「どうだ、カイル?」


「大変だね……」


「ははは、まあ、俺なんて田舎者だから、本当に大変だよ。だけど、やりがいはある。人生にハリがあるっていうのかな。ああ、この村が大きくなるんだって実感がすごく楽しいよ」


「やったね、父さん」


「ああ、ま、ザリングス家の契機だ。少しでも大きく発展できるように頑張るよ。……ま、俺は、うんうん、よきにはからってくれ、と頷くだけなんだけどね」


 父親の自虐気味の冗談にカイルは笑って応じたが、父が内心では本気で発奮している様子を感じている。

 父親の、村への想いの強さをカイルは知っている。

 だからこそ、絶対に少しでも良くしようと努力するし、この人に任せていて問題ないだろう、と親子の関係なく期待している。


「父さん、俺はすぐ王都に戻るけど……また戻ってくる日を楽しみにしているよ」


「ああ、すっごいものができているぞ!」


 食堂は庭に通じていて、今はガラス戸が開け放たれている。外の空気を吸いたくなったカイルは飲み物を手に外へと出た。

 喧騒のど真ん中から離れたおかげで、静寂の濃度がます。ヒヤリとした空気を感じながら、カイルは気分を入れ替えた。

 だが、あまり一人の時間は長くなかった。


「少し宜しいですかね、カイル様?」


「構いませんが――あっ」


 ぼうっと振り返ったカイルは相手の顔を見て居住いを正す。グレン商会の代表パーチラスが立っていたからだ。パーチラスは50歳くらいの貫禄がある男だ。表情はニコニコと笑顔だが、体から漂う雰囲気には百戦錬磨の気風がある。

 パーチラスが苦笑した。


「そんな慌てないでください。今回の主賓はカイル様ですから。もっと大きな態度でも問題ありませんよ」


「……いや、ははは……父と同じ貧乏貴族時代が長くて……そういう振る舞いはできそうもありません……」


 一応、貴族なのでパーチラスより、カイルはくらいが高い。

 だが、社会的な影響力という点でパーチラスの力はとんでもないものがある。そんな相手に尊大な態度を取れるはずもない。

 ……もちろん、相手が普通の人でもカイルはそんな態度を取らないが。


「素晴らしい。その謙虚なお気持ちを忘れないでいただけると、私どもとしても嬉しく思います」


「ところで、何か用でしょうか?」


「少しお話をしたいと思いまして。ほら、ずっとお忙しいようでしたから」


 さっき挨拶だけをして、パーチラスはすぐに姿を消していた。カイルとの会話の機会をじっと伺っていたのだろう。


「故郷の村の急な発展――驚かれたのではないですか?」


「そうですね……どうしてかご存知ですか?」


「王太子からのご依頼ですね。急な呼び出しを受けまして――エルダナ村を発展させて、この周辺の中核領としたいと。計画を立ててくれと言われまして、フラノスから戻った頃に正式な承認を得ました」


「……王太子から最初の呼び出しを受けたのはいつ頃ですか?」


「王太子がフラノスに向かわれる前ですね」


 つまり、ナリウスはカイルと初対面の時点でこの計画を構想し、そして、フラノスでの旅程でカイルを見定めて、王都に戻り次第、話を進めたのだろう。


(早いな……)


 それだけナリウスが辣腕ということなのだろうが。

 カイルは質問を続ける。


「どうして、エルダナ村が選ばれたんでしょうね?」


「それは私どももわからない点でして――」


 苦笑しながら、パーチラスが油断のない視線をカイルに送る。


「確かに、この周辺は王国でもさびれた地域に当たるのは事実です。光を当てたい、という考えは理解できなくもないのですが、であれば、最も小さいエルダナ村を中心に据える必然性がありません……おっと、失礼なことを言ってしまいました」


「いえ、小さいのは事実ですし、それは私も思います」


「あと、時期についても不審な点があります。帝国との戦いの傷は深く、王国の再興は優先順位を持って取り組まなければなりません。そのタイミングでこの地方に目を向ける――それもかなりの優先度で――理由が分かりかねますなあ……」


 しかし、パーチラスが仮説を持っていることにもカイルは気がついた。


(この人は、俺のことを疑っている)


 すでにカイルが王都に滞在した時期くらいは調べているだろう。おまけに王太子のフラノスへの旅に同行したことも。

 その間に話が進められたエルダナ村の開発事業――

 そして、そこにいるエルダナ村とゆかりある騎士カイル・ザリングスの存在。

 何の関連もないと考えるほうがおかしいだろう。彼はそれを信じている。だから、彼が知りたいのはそれの真偽ではなく、なぜそうなったのか、と言う舞台裏。

 もちろん、カイルに軽はずみな返事は許されない。


「きっとナリウス殿下には深い読みがあるのでしょうね」


「……そうでしょうね。あのお方は我々よりも広く世界を見ている。きっとこの投資が、今の王国には必要だと感じているのでしょう」


 そう言って、パーチラスはにっこりと笑みを浮かべた。

 まるで、自分は敵ではありませんよ、と言うように。きっと、カイルの心を開くにはまだまだ時間がかかると割り切ったのだろう。

 この辺の切り替えの速さは、さすがに大商人といったところか。


「それでは、私はこの辺で。カイル様、今後も末長いお付き合いをお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「王都には私たちの店もあります。遠慮なくお訪ねください。王太子同様――我々もカイル様への援助は惜しみませんので」


 爽やかな笑みを浮かべて、パーチラスが去っていった。

 少なくとも、カイルをロックオンした、という暗黙の宣言とともに。


(なかなか大変だな……)


 フラノスの一件以来、変わりゆく己の立場を思い、カイルは大きく息を吐いた。


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