第45話 その結果、規格外

 陽が翳り始めたことに気づき、カイルは頭を抱えた。


(しまった! 奥まで行きすぎた!)


 道に迷うことはなかったが、帰る時間に関する意識が薄かった。

 大急ぎで森の奥から引き返したカイルが本陣に戻ると、その姿を見た第一騎士団の騎士たちが大声で騒いだ。


「おおおおおおおおお! カイル! お前の魔石で逆転だ!」


「え?」


 状況が掴めずにいるカイルに、第一騎士団の同僚が親切にも教えてくれた。


「今、魔石の数を競い合っているんだよ。ほら、第一と第二でどっちがモンスターを狩ったかっていう……」


「ああ、やるって話でしたね」


「それで、ちょっとばかり魔石の数で負けているんだよ。お前のも今すぐ足してくれ!」


「わかりました!」


 頷いたとき、遠くから気遣わしげな視線を飛ばしてくるブレイズに気がついた。

 カイルはその視線の意味をすぐに理解した。


 あまり目立つ行動はとっていないよな? 頑張りすぎていないよな?


 そういう意味だ。もちろん、出発前に言われたことをカイルは忘れていない。自分なりに節度を守ったという自覚のあるカイルは頷いて返した。


(……残念だけど、逆転には貢献できないかな……)


 それはそれで申し訳なさもある。彼らはカイルに期待してくれているのだから。だけど、仕方がない。ブレイズやナリウスの意思を無視するわけにはいかない。


「点数差は、どれくらいですか?」


「311対292で19点差。魔石が20個以上で逆転だ!」


「え?」


 魔石の数の合計数にカイルは驚きの声を漏らした。てっきり、両軍とも軽く1000は超えていると思っていた。参加している騎士の数を考えれば、それくらいでもおかしくはないと思っていた。


(ええと、それくらいだと、1人当たり、10くらい?)


 つまり、カイルが持ち歩いてもおかしくない個数は10くらい。新兵である点を加味すれば、一桁の半ばくらいが都合のいい数値だろう。


 しかし、カイルのバックパックにある魔石の数は――

 カイルはぞくぞくと背筋が冷たくなるのを感じた。


 カイルは慌ててブレイズに視線を送った。ブレイズもカイルの異常事態に気がついてくれたのだろう、露骨な動揺を見せながらも、


「待て! 待て待て待てぇい!」


 ヤケクソ気味に叫び、全てに冷や水をぶっかけた。


「もう数え終わったんだ! 今さからカイルの魔石の数なんてどうでもいいだろ!」


「おいこら、ブレイズ! お前、第一騎士団だろ! 自分から負けを認めようとしてどうするんだ!?」


「引っ込め、ブレイズ! あとで足していないものがあったとか言って逃げるつもりなんだろ!? いいから計れ! 俺たち第二騎士団の完勝のためにな!」


「ぐぬぬぬぬぬ……!」


 味方からならともかく、勝ちが確定する第二騎士団からもなぜか野次られて、ブレイズは口をつぐんだ。踏んだり蹴ったりである。

 ブレイズの援護も無駄に終わり、カイルは覚悟を決めた。


「さて、見せてくれるかな?」


「はい……」


 観念したカイルは、第一騎士団と第二騎士団の勘定係にバックパックを渡した。

 2人の勘定係はバックパックを開けた瞬間に、


「え」


 と言って固まった。


「おい、君。これ、全部、今回の討伐で稼いだもの?」


「はい、そうです……」


 にわかには信じたがい、と言わんばかりの勘定係たちが互いの顔を見つめ合い、頷いた。

 そして、バックパックをひっくり返した。

 ざーっ。

 そんな音がして、大量の魔石がゴロゴロと地面に落ちた。

 その数、ざっと100個。


「えええええええええええええええええええええええええ!?」


 第一騎士団も第二騎士団も問わず、すべての騎士が驚きの声をあげる。明らかに、一個人が持ち運ぶには以上な数がそこにはあった。


「う、ううう……」


 カイルの口から小さな呻き声が漏れる。

 適当に手を抜いたつもりだったが、事実は、まだ不足していた。


(まさか、10個くらいで充分だったなんて……!)


 超過も超過、大超過だ。


「おいおいおいおい、待て待て待て待て!」


 イキリ立ったのは第二騎士団だ。


「おかしいだろ、この数は! うちのエースのマクロンで20だぞ!? 不正だろ! 持ち込みじゃねえのか!?」


 ごもっともなツッコミだった。

 そして、そっちに乗っかると色々な失敗が調子消しにできる。とはいえ、まさか不正などと言えるはずもなく、カイルは進退極まった感がある。


「んー、いや、それはなさそうだぞー」


 勘定係が疑惑を跳ね除けた。


「一応、ただ数えているんじゃなくて、この計器で魔石の魔力波形を測っているからね。こいつで、発生したモンスターと倒した日がわかるようになっている。今のところ、全部、今日倒されたマイコニドばかりだ」


「マジかよ……」


 今度は騒がずに絶句した。もう彼らの常識の全てが複雑骨折しているからだ。

 彼らの視線がじっとカイルを見る。

 カイルはどう反応すればいいのかわからず、微妙に視線逸らしながら、落ち着きが悪い感じでいた。


「……合計102個だ」


 第一騎士団側の勘定係が立ち上がり、最終的な数値を口にした。


「そんなわけで、311対394――差分83個で第一騎士団の逆転勝利だ」


 わあああああああああああああ!

 などという、能天気な歓声は起こらなかった。すでに事態はそんな状況ではない。明らかにおかしなことが起こっている。第一騎士団は入団試験での件でどことなく察していたが、その想像を軽く超える数値に衝撃を隠しきれていなかった。


「ええと……」


 カイルは困ってしまった。しかし、どうやら彼らはカイルの言葉を待っているようだ。何かを言わないといけないのだが、何をいえばいいのか判断できない。

 そこへ――


「おい、第一の新入り。カイルだったか?」


 マクロンが話しかけてきた。


「は、はい! カイル・ザリングスです!」


「聞きたいんだが、不正はないんだな?」


「はい! 俺の力で狩りました!」


「102体を半日でかあ……そう言われても、いまいち実感がないね。つまり、それだけ、強いと思っていいのかい?」


「……そうですね。強い……自覚はあります」


「そうか。わかった」


「……疑わないんですか?」


「疑うも何も……100を超えるスコアを叩き出されちゃねえ……さすがにそういう次元じゃないだろ? それに、あんたはブレイズが誘ったんだろ。その時点で、私はあんたを警戒していたよ」


「……そうなんですか……?」


「あいつは強さに関しては厳格だからな。生半可なやつを誘ったりしない。その若さでブレイズに認められたんだ。相応の強さのはずだ。まあ、実際は相応どころか、ぶっ飛んでいたけどね」


「はははは……」


「ところで、あんた、まだ第一騎士団に入っていないのか?」


「はい、正式には……」


「そうか、ならよかった」


「よかった? え、何がですか?」


 マクロンがカイルの両肩に手を置き、にっこりとほほ笑んで切り出した。


「なあ、うちの第二騎士団に入らないか? 第一騎士団よりも自由な気風が特徴だぜ?」


「え、えええと……」


 まさか、また勧誘されるとは。

 カイルの視界の端で、ブレイズが額に手を当てるのが見えた。

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