第44話 いろいろ大丈夫だよな?
「お宝はっけ〜ん!」
3体のマイコニドが一本の大木に群集していたが、マクロンは怯えるどころか舌なめずりして喜んだ。
一般的な騎士が一人で同時に相手をするなら、2体までが『絶対的な安全』を確保できる上限だろう。
だが、腕に自信のあるマクロンならば3体でも迷うことはない。
マクロンが剣と盾を構えると、振り返ったマイコニドたちも戦闘態勢を整える。
「行くぜ!」
気合いとともに、マクロンが襲いかかる。一番近い場所にいるマイコニドに容赦のない斬撃を与える。それは一定のダメージを与えたが、まだまだ倒すには至らない。その隙をついて別のマイコニドが襲いかかってくるが、それをマクロンは盾で弾き、別の一匹の攻撃がくる前に体勢を整えて離脱する。
「へへへ、やはり、これくらいだと緊張感もあるな!」
などと言いつつ、負ける気はなかったが。
3匹からの波状攻撃をマクロンは抑えながら、的確に打撃を与えていき、やがて最初の一匹を仕留める。
数が減ってからは、難易度がぐっと下がる。
こちらには2本の腕があり、剣と盾があるのだから。
さっきよりも簡単に2体目を倒し、そこから、あっという間に最後の1体を仕留めた。
「ふう」
長い戦いだった。疲労感がどっしりと背中にのしかかるが、勝利の充実感で心地よさに変わる。
鼻歌まじりにマイコニドたちから魔石を引き剥がし、バックパックに入れた後、樹木の一本に寄りかかって座った。マイコニドは弱いが、一刀両断で片付く相手でもない。戦った後の休息は必要だ。疲れを推して前に進めば必ず後悔する時が来る。
今回は3体同時に相手したので、回復までにはそれなりの時間が必要だろう。
休憩をしながら、暇になったマクロンの意識は過去へと帰っていた。
学生時代、マクロンはブレイズやアイスノーと同窓だった。剣術におけるトップ3と呼ばれていたほどだった。ライバルであったが、互いに互いを認める部分もあり、そういう意味では親友でもあった。
学生最強を争った3人が、それぞれ第二騎士団、第一騎士団、近衛騎士団と王国軍の主戦力に配属されたのはある意味で当然だった。
いわゆる格付けとしては、この3部隊に差はない。
配属されただけでも、まさに栄光の極み! なのだから。
だが、どうしてもマクロンには我慢できない部分もある。
(第二ってのがねえ……)
第一騎士団と第二騎士団に、実際の格の上――王族からの扱いに差はない。任務上の違いもない。あくまでも『王国軍の主力として、双方の切磋琢磨を促したい』という方針から、同一の性質を持つ2部隊に分割しているだけなのだから。
だが、区分けが第一、第二騎士団という点に問題があった。
まるで、第二騎士団のほうが劣っているようではないか!
その感情が、第二騎士団全体に第一騎士団への反骨心となって宿ってしまっていた。名前を変えればいい問題だが、それはそれで伝統的な名前を変えていいのか、という問題にもなるし、そもそも、名前を変えたところで、すでに宿ってしまった複雑な感情がすぐに消えるわけでもない。
その感情にはマクロンもまた囚われていた。
(私は負けていない!)
ブレイズやアイスノーと五分に渡り合っていた自負もある。いや、内心では、本当は自分のほうが強いのだという思いすらある。
なので、今回もまた負けるつもりはない。
そんなとき、マクロンは近づいてくる気配に気がついた。
「お、マクロンじゃねえか」
「おっす」
現れた第二騎士団の同僚にマクロンは挨拶を返す。同僚が立ち止まった。
「調子はどうだい?」
「あんな感じで絶好調だよ」
びっとマクロンが親指を向けた先を見て、同僚が叫んだ。
「おいおい、あの3体のマイコニド、お前が倒したのかよ!?」
「ああ、どんなもんだい!」
「さすがは、うちのエースだなあ! 魔石はいくつ集めたんだ?」
「13個」
「速っ!? 俺なんて、まだ5個だぞ!?」
「ふふふ、まだまだだねえ?」
「まあなあ……ま、倒すやつがなかなかいなくてね。見つけた! と思ったら倒されている個体も意外といるんだよな。もう魔石がくり抜かれた状態の」
「ああ、それは確かに……」
ここに来るまでにも同じものをマクロンも2、3体は見かけた。
他の騎士が倒した――のは間違いないだろうが、少なくともマクロンよりも早く踏破している点が解せない。それができるとすればブレイズくらいだろうが、ブレイズは骨折のせいで本陣に残ったままだ。
マイコニドをたまたま回避するルートをとっていれば私より先行してもおかしくはない――そう考えて、マクロンはあまり気にしていなかったが。
しかし、目の前の同僚も同じ状況だと、何か違和感があるのも事実だ。
(……なんだろう?)
じくじくとした嫌な予感を覚える。
同僚が口を開いた。
「まあ、この森の中には大勢の騎士たちが出歩いている。奪い合いってことだな」
「そうだな……」
去っていく同僚の背中を見送ってから、マクロンも立ち上がる。
それから、さらに7体のマイコニドを撃退し、所持魔石の総数を20にして本陣へと戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「大丈夫かなあ……」
騎士たちが入っていった森を見ながら、ブレイズは心配そうに呟いた。
ブレイズは任務について心配していない。マイコニドにやられる程度の騎士は第一騎士団にも第二騎士団にもいない。この程度の森で迷子になる人間もいない。
心配しているのは、カイルだ。
(……釘は刺しておいただけど、暴走してんなきゃいいんだけど……)
あいつって、そういうところうまく立ち回れたっけ?
そんな感じがしないんだよなー。
みたいな考えがぐるぐると頭をよぎっている。
(最悪の場合も考えないといけないなあ……)
そんなことを考えているうちに、夕暮れが近づいた。ぞろぞろと森から騎士たちが戻ってくる。その中にはマクロンもいた。
学生時代のライバルで――騎士団での立ち位置も似ている。
当然、気になる相手なのでブレイズは夕食時に声をかけた。
「久しぶりだな、マクロン。どれだけいけた?」
「20だ」
「……やるなあ」
心底から感嘆した。マクロンの腕なら15はくだらないと思っていたが、大幅に超えてきた。学生時代からの付き合いだ。活躍が心から嬉しい。
「たまたまさ。3体で固まっているマイコニドを見つけてね。あれがデカかった」
「3体を同時に開いて取るのもすげえだろ?」
「あんただって万全ならできるだろ?」
「そうだな、できるな」
そう言って、ブレイズは笑った。もちろん、ライバルに負けるつもりもない。
「俺なら、魔石の数は21だったよ」
「言うねえ。腕が直ったら、有言実行してもらうからね?」
「楽しみにしていてくれ」
マクロンと別れてから、ブレイズは周りを見渡した。カイルの姿はない。第一騎士団の同僚にも確認したが、まだ戻っていないらしい。
(……道に迷うような男じゃないとは思うが……)
心配はしていない。もしも迷っていたとしても、一晩くらいでどうこうなる人間でもない。明日、救助に向かえば済む話だ。
だが、もしも『活躍しすぎ』とかだと困る。
第二騎士団にまで目をつけられるのは良くない。
そこでブレイズは一計をあんじた。
「おい、お前ら! 飯が終わったら、お待ちかねの魔石の総数チェックをするぞ!」
大声で叫ぶと、騎士たちが、わー! と歓声を上げた。
(いないのならいないでいい! 今のうちに魔石を数えちまおう!)
そうすれば、カイルの結果を気にされることもない。
カイルには悪いが、それが『最も問題ないルート』だった。
不正がないよう、第一騎士団と第二騎士団で一緒に魔石を数えて周り、結果――
311対292で第二騎士団の優勢だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
結果に第二騎士団が沸き立つ。
「くっっっそおおおおおおお!」
逆に第一騎士団が頭を抱える。たかだかしょうもない、公式の記録にも残らない戦いだが、彼らは彼らなりに楽しんでいた。それが、第一騎士団と第二騎士団の伝統でもある。
(よしよし、終わった)
しかし、ブレイズは冷静な気分で滞りなく終わったことに安堵した。最悪なのは、カイルのバックパックから大量の魔石が出てきて、俺なんかやっちゃいました? みたいな展開なのだ。
それは回避できそうだ。
マクロンがブレイズに話しかけてきた。
「あんたが出ていればどうだったかな?」
「俺がいれば、+21個で逆転勝利ってところだったな」
「次は頑張りなよ……ん?」
そのとき、マクロンの視線動いた。その先には――
森林から飛び出してきた騎士カイルの姿があった。大急ぎで戻ってきたようで、息を切らせながら、はあはあと言っている。
「すみません、かなり奥まで行ったみたいで……慌てて戻ってまいりました!」
「おおおおおおおおお! カイル! お前の魔石で逆転だ!」
ブレイズは肝が冷える想いだった。
(え、これ、一番、注目を浴びる感じになってない?)
ブレイズは震える視線をカイルに向けた。
いろいろ大丈夫だよな?
自信たっぷりに頷き返したカイルを、ブレイズは信じることにした。
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