第42話 キノコ狩りの季節

 フラノスを出てすぐ、聖女マリーネ一行がナリウスに別れの挨拶を告げた。


「私たちは王国の街にある各教会を巡りつつ王都に戻ります。ここからは別行動ということで」


「そうか。君のような聖女が姿を見せれば王国にいる信徒たちも喜ばしいだろう。是非とも励んでくれ」


「ありがとうございます。それでは護衛役としてカイル様を何卒――」


「それはダメだろう?」


「ええ!? ダメですか?」


 二人の笑顔がぶつかる。あいもかわらず、彼らのカイル争奪戦は終わる気配を見せない。


「カイル様はどうですか? 一緒に吸血鬼を倒した仲間として!」


「そ、そうですね……その、お守りできればいいのですが、あいにく近衛騎士団として王太子の警護をすでに申しつかっておりまして」


「そうですか、残念です……」


 肩を落としたが、マリーネはへこたれなかった。


「お守りしたい、そういう気持ちはあると。言質はいただきました! 今日はそれだけで構いません!」


 そんなことを言って、マリーネ一行は旅立った。

 カイルたちも旅を続けて、王都へと辿り着いた。


「……やっと着いた……」


 正直なところ、ほっとしたというのが本音だ。

 カイルの仕事はナリウスの護衛。その任務がここで終わったのだ。フラノスで山場を超えた確信はあったが、何が起こるかはわからない。

 むしろ、ここで油断するべきではない、と己を諌めながら日々を過ごしていたので、緊張感もすごかった。

 その日々がようやく終わる。

 ぽん、とカイルの肩をアイスノーが叩いた。


「お疲れ様。よくやった、カイル。お前は立派に任務を果たしたぞ」


 その言葉がカイルにはとても嬉しかった。

 ひとつの大きな仕事が終わったが、そう暇にしている時間もなかった。王国という巨大な領地には、いつも問題がひしめいているのだ。


 その後、待遇の決まっていないカイルはアイスノーの実家で待機をしていたが、数日と経たないうちにブレイズが訪れた。

 ブレイズは吸血鬼ラルゴスとの戦いで負うた骨折が癒えておらず、左腕を首から吊り下げていた。


「今度は第一騎士団の仕事をしてもらう。そんなわけで、今日からうちに泊まれ」


「え、どっちに泊まるかってそういう基準なんですか?」


「そうだよ。今、決めたからな。なんなら、ずっとうちに泊まってくれるでもいいぜ? 第一騎士団に正式に入団してな?」


 ブレイズの家に落ち着くと、ブレイズが説明を始めた。


「王都の北部で大量発生したマイコニドを狩ることになった」


「マイコニド?」


「知らないか? キノコの化け物だよ。好戦的で人を襲うのも厄介だが、樹木から大量の栄養を絞るんでな、放っておくと、あっという間に森が枯れ果てちまうんだよ」


「それはよくないですね」


「ああ。そんなわけで、マイコニドを狩る仕事が始まったんだが、あいにくと――」


 ブレイズが吊り下げた左腕に視線を落とした。


「あいにくと、俺は同行するが、どうにも戦力としては役に立たない。そこで、お前にどうかと思ったんだ」


「喜んでやらせてください!」


 もちろん、カイルに否はない。人民のためになるのだから、喜んで剣を振るう。


「でも、モンスター駆除は冒険者の仕事だと思っていたんですが、騎士団でやるんですね?」


「仕事の緊急性や忙しさにもよるな。今回は森が枯死するから緊急度は高い、騎士団の手は空いている、マイコニドは倒しても金にならないので冒険者がやりたがらない――などの理由で、俺たちの仕事だ。戦争だけが仕事じゃない。そもそも戦争なんて普通は起きていないもんだからな」


 まるで、そうあって欲しい、という感じの、ブレイズの口調だった。


「第一騎士団の仕事は、近衛騎士団の仕事よりも国民を守ることに近い。そういうのを実感するにはいい仕事じゃないかな」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 出発の日、当日――

 第一騎士団の部隊にカイルは加わっている。


 周りの騎士たちは気さくな様子でカイルに話しかけてきた。カイルが入団試験で見せた圧倒的な力――ついには騎士団長のマーシャルにさえ剣を交えることを許されたほどだ。

 だから、もうすでに有名人だった。


「期待してるぞ!」


「お前の腕前、見せてもらうからな!」


 そんな言葉がやいやいかけられる。半分はからかいだが、半分は本気だろう。みんながカイルの実力を知りたい様子で好奇心を疼かせている。


(……たはは……)


 どう対応したらいいのかわからず、カイルは苦笑を浮かべる。本人は謙虚な性格であるし、そもそもそうでなかったとしても、新人が大口を叩くのは避けるべきだろう。

 代わりにブレイズが割って入った。


「おい、お前ら! 内部だけなら別に構わんが、外には漏らすなよ! 他の部隊もカイルが欲しいとか言い出したら大変だからな!」


 そうやって浮ついた空気を一蹴する。

 そりゃ叶わねえ、ホープを取られたら大変だ、と言って、軽口はかたがついた。

 騒ぎはひと段落したが、カイルにとっては不思議な部分もあった。なぜなら、まだ出発しないからだ。第一騎士団はもう準備が整っているかのように見えるのだが。


「……まだ出発しないんですか?」


「うん? 待ち人が――ああ、ちょうど来たようだ」


 ブレイズの視線の先には、こちらへと向かってくる一団があった。

 先頭を歩くのは若い女性だった。年の頃はブレイズと同じくらいだろう。短く切った茶髪と、本人のまとう剣呑な雰囲気のせいか一見、男性にも見える。

 ブレイズたちの前で足を止め、やや投げやりな口調で言った。


「第二騎士団、到着したよ」


「どうして、いきなりご機嫌斜めなんだ?」


「集合場所があんたらの本部前ってのが気にいらない。なんで、私らが出向かなきゃいけないわけ?」


「持っていく物資類はこっち持ちだからな。身一つでこれるお前らがこっちに来るのが自然だろ?」


「恩着せがましいんじゃねえか? ああん?」


「いちいち食ってかかるなよ」


「だいたい、資材がそっち持ちなのは、あんたらが前の競争で負けたからだろ? それを理由に、こっちにここまで来させるってのが気に食わないねえ……これだから『第一』様は!」


 女性の言葉にどっと第二騎士団の騎士たちが笑う。


「ま、実力は私らだ。あんたらよりも、マイコニドを確実に多く狩るから」


 そこで、女性の目がブレイズの傍らに立つカイルに向いた。


「ん、見ない顔で、若いね……新入り?」


「カイル・ザリングスです。ブレイズさんに誘われた仮入団の身ですが、連れいってもらうことになりました」


「仮入団ねえ……第一騎士団はそこまで人手が足りないのかい?」


 小さく笑った後、ぽん、と女性がカイルの肩を叩いた。


「私の名前はマクロン・レイチェニー。ま、死にそうになったら、いつでも助けを呼びなよ。助けてあげるからさ」


「ありがとうございます。あの、可愛い名前ですね」


「人が気にしていること、言わないでくれる!?」


 マクロンがそう言うと、周りの第二騎士団が再びどっと笑う。どうやら、定番にいじりネタらしい。しまった、とカイルが動揺していると、謝る間もなく、マクロンは笑った連中をどやしつけて出発の準備に取り掛かった。


「ブレイズさん、どうして第二騎士団が……?」


「今回の討伐は森林の大きな範囲を動くことになる。なので、あの第二騎士団との共同作業だ。まあ、共同というか――倒した数の競争になるだろうがな」

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