第41話 帝国軍師クロケインはたどり着く
帝国軍士クロケインは、ナリウスたちの隠れ家が見える部屋に陣取っていた。
クロケインの読み通り、ローブを着た2人組――おそらくは王太子ナリウスとアイスノーの2人が隠れ家へと入っていく。
そこで、クロケインの作戦は成功に終わっているはずだった。
なぜなら、そこにはキラーザを待機させているから。戦力差を考えれば、ナリウスは確実に死ぬだろう。その結果を確認するまでもない。
だが、クロケインはじっと隠れ家を眺めていた。
(ファクターX……本当にいるのか?)
もしも、この状況を覆しえるのなら、それはファクターXしかいない。
だから、クロケインはじっと隠れ家に視線を送り続けた。キラーザが出てくるのを静かに待つ。キラーザは優秀な男だが、相手を無駄になぶる悪癖がある。すぐには終わらないだろう。
果たして、それまでに謎の存在はここにたどり着けるのだろうか?
(やはり、そんな奇跡は起こらないか……)
そんなことをクロケインが思い始めていたときのことだ。
「――!」
黒い髪の少年がとんでもない速さでやってきて、迷いなく隠れ家に飛び込んだのだ。腰に剣を携え、軽装の鎧をまとっていたので、間違いなく王国の兵だろう。
キラーザの言葉を思い出す。
領主の館での不意打ちを防いだのはアイスノーかという質問への答えだ。
――いや、そいつじゃないね。受けたのは男で……黒髪だ。
黒髪。
黒髪は珍しい。
(ならば、あの男か?)
クロケインの意識が警戒を強める。
それから、そう時間が経たないうちに――
3人の人間が隠れ家から出てきた。1人は黒髪の少年、そして、残りはローブを着た2人組。少なくとも体型からしてキラーザではなく、最初に隠れ家に入った2人組と中身は同じだろう。
4人の人間がいて、現れたのは3人。
(キラーザは失敗した)
クロケインはそう結論づけた。
そして、黒髪の少年の強さの異常性も気づいていた。彼が飛び込んで、あっという間に片付いている。つまり、彼は、あのキラーザを圧倒したのだ。
(なるほど、そうか――)
クロケインは作戦の
(ファクターX、私はお前を捉えたぞ)
率直なところ、クロケインにとって、ナリウス暗殺は成功しても失敗しても問題はなかった。それよりもさらに重要なこと――
ファクターXの炙り出しこそが本命だった。
存在するかどうかもわからない『敵軍最強の切り札』ほど怖いものはない。そんなものの危険性に比べれば、すでに認識できているナリウスなど脅威にもならない。
ナリウスが暗殺できれば、それはそれでいい。
だが、失敗するとすれば、そこにファクターXの存在が観測できるはずだ。なぜなら、この作戦はクロケインの計算上、絶対に失敗しないから。その計算を覆すには、こちらが認識していない要素の介入が不可欠だ。
つまり、ナリウス暗殺の成否ではなく、その結果こそがクロケインにとって重要だった。
本気でナリウスを暗殺するつもりならば、他にも手はあった。キラーザのなぶり癖を諌めるために、お目付け役を置いておく、とか。
だが、そうしなかった。
クロケインは全てを運命に投げ渡し、あるがままとして、ファクターXの介入を待った。
その結果にクロケインは満足している。
ファクターXは存在したのだ。
(ナリウスを暗殺した以上の成果だ)
残念なのは、角度の関係で顔がはっきりとわからないことだが。可能であれば、今からでも階下に降りて顔を見たいところだが――
(それは危険すぎる)
情報は持ち帰ってこそ意味がある。もしも不審を嗅ぎ取られて捕獲されれば全てが水泡に帰す。
(早く戻らなければ)
そもそも一刻の猶予もない。ナリウスが無事だった以上、おそらくはクロケインの暗躍まで見抜かれている可能性がある。すぐに街を閉鎖してくる可能性もあるだろう。
急ぎクロケインは荷物をまとめて部屋を出た。
(ファクターX――お前を守る秘密のヴェールは破れた。次は覚悟するがいい)
去りゆくクロケインの頭には無数の計算が渦巻いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
吸血鬼ラルゴスによる被害は無視できないものがあったが、第一騎士団や聖王国の騎士団が迅速に動いた点は大きく、フラノスの民から大きな支持を受けた。
さらに、その裏で王太子の暗殺が動いていたことも大きな衝撃となった。民たちが辛い思いをする最中、王太子も瀕死の状況にあった点は大きな同情を産んだ。
「穢らわしき吸血鬼を打ち払った聖女マリーネと、冷酷なる暗殺者を倒した近衛騎士アイスノーに万雷の拍手を!」
フラノスの民は熱狂し、2人の才女に惜しみない拍手を送った。
ただし、その2人の表情は冴えなかったが。
延期となった慰霊碑の建立祭を終えて、フラノスでの全日程が終了した。
「王太子ー! この国を頼みます!」
「来てくれてありがとー!」
「お気をつけて!」
去りゆく王太子一行を乗せた馬車は、来たときとは違い、フラノスの民から惜しみない声援を受けることになった。
そんな声援を、カイルは馬車の中から聞くことになった。
またしても王太子ナリウスが誘ったからだ。
「そんなに居心地悪くなるなよ、カイル?」
「いえ、その……やはり、ここに乗るのは慣れませんで……」
今回はナリウスの意向でお付きの人間はおらず、王族のナリウスと1対1。
最低階位の衛爵としては落ち着くはずもない。
「まるで私が君をいじめているみたいじゃないか? これは私なりに、君の成果を労おうという栄誉の形なんだよ?」
「もちろん、お気持ちは理解しておりますが……過分すぎて……」
「過分、か……」
ナリウスが微妙な表情を浮かべた。
「栄誉なんて言ったけどね、全然だよ。こんなものは、君が果たした役割を思えば実につまらないものだ。感謝なんてしなくていいよ。これはね、私が君と、個人的に話をしたかったから作った場だ」
「その、殿下と個人的に話せるだけで名誉なのですが……」
「君はあれだけのことを成し遂げたっていうのに、相変わらず腰が低いね」
くすくす、と笑ってから、ナリウスが表情を真面目にした。
「カイル・ザリングス。君の忠義と活躍に礼を言う。そして、すまない」
言ってから、ナリウスが頭を下げた。
動転したカイルは慌てて声を上げる。
「そ、そんな気にしないでください! 俺に頭を下げるだなんて……俺は仕事をしただけです!」
「君がそう言っても、私は気がすまないんだよ。君の存在を隠したことがね」
それは、キラーザを倒した栄誉をアイスノーに送ったことだ。
ナリウスが意図的にそうしたのだ。
「本来であれば、カイルはその賞賛を受けるべきだ。そして、ここから万人に一目を置かれた君は栄光の道を歩むはずなんだよ。だけど、その道を私が断った」
ナリウスがカイルの存在を隠すと決めたのだ。
どの程度、帝国がカイルの存在に気づいているのかはわからないが、まだ『カイル・ザリングス』という個人を突き止めている可能性は少ない。アイスノーですら歯が立たなかったキラーザを瞬殺する腕前は間違いなく超級。来る対帝国戦での切り札になるのは間違いない以上、それを知らしめる必要はない。
その事情を、カイルは把握している。
「俺は気にしていません。王国のためならば、どんなことでも構いません」
「君は欲が少ないね」
その後、ナリウスが言葉を継いだ。
「だけど、私はその言葉に甘えるつもりはない。君の忠義にはきっちりと礼を尽くすつもりだ。ぜひ期待しておいてくれ」
「ありがとうございます!」
カイルは、そんなナリウスの言葉だけで胸がいっぱいになりそうだった。
己の成し遂げたことを評価してくれる人がいて、それが王族なのだ。端くれとはいえ王国貴族として厳しく躾けられたカイルにとって、これほど幸せなことはない。
「まだまだ、夜明けは遠い。力を貸してくれよ、カイル?」
「お任せください!」
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