第40話 影の英雄カイルvs殺人鬼キラーザ
キラーザは自分が選ばれたものだと確信している。
なぜなら、キラーザは『魔法』が使えるからだ。
この世界における魔法の使い手は圧倒的に少ない。ほとんどは魔道具を作る職人どまりで、己の肉体から強大な力を発する魔法使いは実に少ない。
キラーザの魔法は『身体強化』――
体の速度を1割だけ増す力を持っている。
他人が10秒で走る距離を9秒で走り、他人が1秒で振り下ろす剣を0.9秒で振り下ろす。
最初、その能力はキラーザを絶望させた。
わずか、0.1秒の速度アップにどれほどの価値がある?
周りの人間はキラーザを笑った。その程度の魔法なんて、なんの役に立つんだ!
しかし、その評価は間違えていた。
キラーザが戦闘の達人に至ったとき、そのコンマ1秒の優位には大きな意味があったのだ。達人同士の戦いは、ほんの少しの差で決まる。
キラーザは魔法によって、その『ほんの少し』の絶対的な優位を作ることができたのだ。
その事実を知ったとき、キラーザは万能感に包まれた。万能感に包まれたまま、己の魔法を笑った連中を皆殺しにした。
コンマ1秒の優位を持つキラーザを、誰にも止めることはできない。
キラーザの勝利は約束されていた。
なのに――
(なんなんだよ、こいつは!?)
目の前の男カイルは、今まで戦った誰よりも規格外だった。
キラーザの0.1秒の優位など存在しないかのように、キラーザの攻撃の全てに対応した。
(どうして、俺の攻撃が!?)
それどころか、隙をついて反撃までしてくる。その斬撃の鋭さは――逆に、コンマ1秒の優位を持たなければ、確実にキラーザは死んでいたいだろう。浅手の傷なら、もうあちこちについている。
(化け物かよ、こいつ!?)
劣勢を跳ね飛ばすように叫んだ。
「なんで、当たらないんだ、クソがあああああ!」
「当たらない理由?」
わけがわからない、という様子でカイルが首をひねった。
「悪いが、遅すぎる」
速さが自慢のキラーザのプライドを一撃で砕く言葉だった。キラーザの感情が激発する。
「舐めんんなああああああああああああああああ!」
スタミナなどクソ喰らえ! とばかりにキラーザが加速した。両手の刃が凄まじい速度で加速する。常人であれば、あっという間になます切りになっているであろう。
だが、相手はカイル・ザリングスなのだ。
その速すぎる攻撃を持ってしても――ただただ、遅い。
カイルが一瞬の隙をついて、剣を振り切った。
さん、と軽い音がして。
「ぎいいいいいいいいやあああああああああああ!?」
キラーザの悲鳴が響き渡った。
その右手の、手首から先がスッパリと消えていた。ごろり、という音がして床に転がる。
カイルはそんなことお構いなしに、踏み込んだ。
ざっ、と短い音がして、銀の輝きがキラーザの左視界を閉めた。
反射的にキラーザが後ろに下がっていなければ――
「ううううおおおおおおおおおおお!?」
キラーザの左視界が真っ赤に染まった。振り下ろすかのようなカイルの斬撃が、キラーザの左顔面をバッサリ切っていたのだ。
むしろ、それで済んで幸運だった。
コンマ1秒、下がるのが遅ければ、絶命するほどの深手だったろうから。
「か、かああああああああ!」
残った右目でキラーザはカイルを睨みつける。
「俺を! この俺を! ここまでの手傷を負わせやがって! 殺す! 殺してやる! 絶対に!」
キラーザは残った左手、短剣を握りしめる手に満身の力を込めた。
(速く! なによりも速く!)
最高最速の刺突を放ち、さらに身体強化で加速、あの男の心臓に叩き込んでやる!
「絶対に、お前だけは殺す!」
叫ぶなり、キラーザは己の全てを賭けた一撃を放った。
きっとキラーザの激情が起こした奇跡なのだろう。それは本当に、キラーザが生涯で放った最高最速の攻撃だった。戦いにおいて豊かな才能を持つ男が生み出した、意地の一撃だった。
それを回避できるものはいないだろう。
カイル・ザリングス以外ならば。
「――遅い」
ただ一言こぼし、カイルはその斬撃を回避、さらに踏み込み、キラーザの胸元に剣を突き込んだ。
「ううううがああああああああああ!?」
絶望を感じるよりも早く、激痛が断末魔の叫びとなってキラーザの口からほとばしった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キラーザの体が力を失うのを待って、カイルは剣を引き抜いた。
命を持たない物質とかしたキラーザの体が、どう、と音を立てて床に転がる。もう口からは何も発せられていなかった。ただ、流れる血が床を赤く染めるだけだった。
カイルは目を閉じた。
かつて共に戦ったロックの顔を思い出す。あのとき、助けることができなかった後悔はまだ胸に残るが、しかし、今やれることは確かにした。
「……ロックさん、仇は討ちましたよ」
天国のロックが、これで安らかに眠ってくれればいい。ただ、それだけをカイルは祈った。
そのとき、横合いから声をかけられた。
「よくやったな……、カイル」
アイスノーに肩をかされた王太子ナリウスだった。二人とも顔に精細はなく、ダメージの色が濃い。
「申し訳ございません、王太子! もっと早くくることができれば!」
「……お前は、本当に……自分に厳しいな……」
ナリウスが小さな笑みを浮かべる。
「カイル。お前はできるだけのことをした。そして、望む範囲で最高の結果を得た。フラノスの街を守り、私たちの命まで助けたのだから」
それでも、カイルは表情が冴えなかった。今のこの状況は、カイルにとって喜ばしくはなかった。もうカイルは己の力を自覚している。
この力を使って、全てを守り抜きたかった。守り抜かなければならないのだ。
「……誇れ、カイル! 決して不足を感じるな!」
「いえ、ですが、やはり俺は……王太子、あなたを無傷で守れなかったことが――」
「ならば、私が誇ってやろう。カイル・ザリングス、ありがとう。心の底から礼を言う。私はね、王国民を正しく導くつもりだし、幸せにするつもりでいる。私の命はちっぽけで助ける価値もないが、カイル、お前の剣は私が未来で救うであろう、王国民たちをも救ったのだ。もしも、私がその大業を成し遂げたとき、カイルよ、お前は今日のこれを誇るがいい。王国の未来を作り出したのは、確かに自分なのだと」
その言葉にカイルは雷で打たれたかのような気持ちになった。
そこまで王太子が認めてくれるなんて!
そして、ナリウスが本気で国をよくしようとしている覚悟もまた伝わってきた。そんな人物をぎりぎりで助けられたことに誇らしい気持ちが胸にわく。
(やはり、このかただ。王国の未来を作ってくれるのは!)
そんなカイルに、ナリウスが続けた。
「カイルよ、これからも私に尽くしてくれ。お前が剣を捧げるに足る主君になってみせよう。私とともに王国の未来を作ろうではないか」
カイルの返答は決まっている。
頭を垂れて、胸にわだかまる熱い決意を口にした。
「御意のままに、王太子。私はあなたの剣となりましょう」
一人の王子が最強の騎士を手に入れて――
一人の騎士が最高の主君を手に入れた。
これにて、フラノスの騒乱は終わりを告げた。
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