第34話 カイルを求める者たち

 話は少し前に遡る――

 襲撃事件の翌日、聖女マリーネはナリウスのもとを訪れた。


「大変なことが起こってしまったようですね」


「とても危なかったよ。もう少しで私の首と胴は永遠に離れるところだった」


「カイル様のご活躍でことなきを得たとか?」


「耳が早いね。その通りだ。私はいい家臣に恵まれたよ」


「ほほお、さすがは我が国の聖騎士になられるお方。素晴らしい腕ですね」


 カイルが欲しいマリーネと、それを防ぎたいナリウス――カイルをめぐる心理戦は始まっていた。

 いつもはこんな感じで互いに譲らず話が進み、まだまだ検討の余地がある、という感じで終わるのだが――

 今回は違った。

 話の終わり際、ナリウスがこんなことを言った。


「これはね、私が決めていい問題でもないんだよ。なぜなら、本人の気持ちが大事だからね。カイルには、聖王国だけではなくて、うちの第一騎士団や近衛騎士団も手を挙げている。どこに行きたいかなんて本人が決めるべきだろ?」


 そして、こう続ける。


「その結果、彼が聖騎士の立場を選ばなかったとしても、それはお互い様ってことだよ」


「それはそうですね」


 とは応じつつも、マリーネは『いやいや、我らが主人の決定ですから。神様ですから。神様のお告げに逆らうのはどうでしょう?』と思っていた。

 自国の承認を通すためなら、わりとなんでもする覚悟のマリーネだったが、穏便にすむならそうしたい。プランBの実行はそれからだ。


「はあ……なかなかうまくいきませんね」


 ため息をこぼしながら、マリーネは部屋を出た。

 カイル・ザリングスの聖騎士任命宣言から、マリーネはちょくちょくナリウスに会談を申し込み、カイルを迎え入れたいとアピールしている。

 が、カイルの価値を知るナリウスも折れる気配はなく、なかなか話は進まない。


(ただ、踏み込んだ発言ではありましたね)


 今までうやむやだったナリウスだったが、カイルの自由意志なら、という言葉を出してきた。

 つまり、カイルが承知すれば構わない、ということだ。


「むう……」


 どうしたものか、とマリーネは考える。

 聖騎士への勧誘は圧倒的にいい話なのだ。

 そのことを、カイルに理解してもらわなければならない。


 聖騎士という立場は破格だ。第一騎士団であろうと近衛騎士団であろうと、そんなものとは比較にならない。


 なぜなら、絶対なる存在に選ばれた騎士なのだから!


 これほどの名誉は他にはない。大陸に覇を唱える帝王の座よりも価値がある。聖王国民であれば、その使命があれば涙を流して喜ぶだろう。


「どうすれば、カイル様に理解してもらえるのでしょうねえ……」


 この数日、そんなことを考えながら、マリーネは過ごしていた。領主の館を歩いていると、赤い髪の大柄な男が近づいてきた。


「お、あんた、聖女マリーネだよな?」


「……あなたは誰ですか?」


「俺はブレイズ・ファルシノス。カイルを勧誘している第一騎士団の一員だ」


「ほう」


「あんたも、カイルのやつに目をつけているんだろ?」


「はい。近衛騎士団よりも、第一騎士団よりも、重要な――じゅううううようううな聖騎士としてお誘いしております」


「……お前、圧が強いな?」


「そうですか?」


「まあ、今はその圧が必要なんだ。実はな、ちょっと相談があるんだ」


「なんでしょう?」


「しばらく協力しないか?」


「協力?」


「ほら、最近、カイルのやつが近衛騎士団で仕事をしているじゃないか」


「そうですね」


「なんか、要人の護衛にやる気を出し始めているみたいでね、近衛騎士団でもいいかなって雰囲気があるらしく……アイスノーが本気の勧誘をかけるみたいなんだよな」


「なんですって!」


 マリーネはまなじりをくわっとさせた。


「それはもう、天罰ものですよね!? 天罰しちゃっていいですか!?」


「いや、だからお前、圧が強いんだって」 


「そうですか?」


「まあ、カイルの心情が大事だってのは同意だが、まだ近衛騎士団の仕事しかしてねーじゃねえか。アピールのチャンスが平等じゃねえ。それをせずに一方的に決めちまうってのも違うだろ? あいつに適した仕事は他かも知れねえじゃねえか」


「正論! 正論ですね!」


「なのに、このままだと近衛騎士団に持ってかれちまう。団長に怒られちまうよ」


「右に同じです!」


「そんなわけで、だ。アイスノーの勧誘を防ぎたい。手を貸してくれないか?」


「もちろんです!」


 鼻息荒くマリーネは頷いた。

 なぜか・・・ブレイズが知っている『アイスノーとカイルが話している部屋』へと急行する。

 部屋の外からは、ぶつぶつと女性らしき人物の話し声が聞こえてきた。


(これはきっと、アイスノーさん!)


 そこでブレイズが勢いよくドアを開けた。


「おいおいおい! お二人さん、そこで何をしてるんだ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「カイル。お前さえよければ、近衛騎士団に入らないか?」


「――!?」


 カイルが戸惑った様子で口をつぐんだ。アイスノーは静かに返事を待つ。そう決めていた。もう言葉はいらない。


 沈黙が部屋を――

 支配することはなかった。


 大きな音を立ててドアが開き、第一騎士団のブレイズと聖女マリーネが乱入してきたのだ。


「おいおいおい! お二人さん、そこで何をしてるんだ!」


「ひょっとして、近衛騎士団の勧誘だったりしませんか!? 今どんな話をしてましたか!? 正直に懺悔ざんげしてください、カイル様!」


 すごい勢いでまくしたてる2人にカイルは面くらった。


「え、えーと、その……ちょうど今、近衛騎士団に入らないかって言われたところですね」


「かーっ! ちょっと待てよ、抜け駆けは見過ごせねーな、アイスノー!」


 アイスノーは頭を抱えたくなった。面倒くさくて口うるさい連中が現れたからだ。


「どうしてお前たちがここに?」


「ナリウス殿下から聞いたからだよ。この時間、この部屋でお前がカイルを勧誘するってな」


 確かに、部屋を出るときに、そんなことをナリウスにやたらと確認されたことを思い出す。どうしてそんなに念を押すんだろう? と思ったら、こういう理由だった。

 アイスノーはこめかみに痛みを覚えた。


(私に勧誘しろと言いながら何という……)


 だが、なんとなくアイスノーには理解できた。

 王太子は最終的にはカイルの自由意思と運命を尊重すると言っていた。


 おそらく、これもその一環だろう。


 アイスノーひとりにチャンスを与えて話を進めさせては、自由意思を尊重したというよりは、誘導したが適切だから。

 それに王族として第一騎士団に肩入れをしないわけにもいかない面もある。

 ひとつの局面は作る――だが、それでカイルが保留にしても構わない。

 それがナリウスのスタンスなのだろう。

 あと、単純に面白そうだという不純な理由もありそうだ。あの王太子の性格からして。


(……やれやれ、読めない御仁だ……)


 絶対口に出してはいけないことを思いつつ、アイスノーは内心で溜息をついた。

 マリーネがカイルの横に、ブレイズが向かい側に座る。


「いいか、カイル。まだ決めるな。お前はまだ第一騎士団で仕事をしていない。第一騎士団はいいぞ。自由な気風なのはもちろん、民を守るっていうのを実感できる。うちの良さを知ってからでも遅くない。まだ決断するな!」


「そうですそうです! 聖騎士というのがどれほど素晴らしい職務なのか、カイル様は知る必要があります。これは本当に名誉なことですから! ぜひ一度、聖王国までお越しください!」


 マリーネがカイルの右腕に抱きつくように引っ張り始めた。


「え、いや……その……」


 カイルが露骨に動揺していた。こんな距離感で同じ歳の少女に密着されて、平静でいられるはずがない。マリーネは気づいていないようだったが。

 カイルは優しい手つきでマリーネから体を引き離す。


「ちょ、ちょっと待ってください! その……俺の話を聞いてください!」


 周りが落ち着くのを待ってから、カイルが話を始めた。


「色々と誘っていただいて嬉しいです。そして、俺もできれば皆さんのことをもっと知ってから決めたいと思っています。だから、まだ決めるつもりはないです。近衛騎士団の誘いも保留にするつもりでした」


 ブレイズが小さくガッツポーズし、マリーネが天に祈る。


 アイスノーは残念な気持ちもありながら、ほっとしたような気持ちもあった。カイルが近衛騎士団に入ってくれれば嬉しいが、そこで終わる器のようにも思えて寂しい感じもあった。

 カイル・ザリングスはそこに収まらない存在だ。

 それを、王太子は運命に愛されていると称したが、アイスノーも同じような希望を抱いていた。


(近衛騎士は誇らしい仕事だと思うが、お前にはもっと大きな何かを掴んでほしい)


 そんな矛盾する気持ちもある。

 だから、カイルの未来が不確定であることがアイスノーにとっても悪くはない結果であった。


「ならば、仕方がないな。また気が変わったらいつでも教えてくれ」


 そこでマリーネがカイルの右手を掴む。


「ということは、聖王国まで来てくれるんですね!? 絶対の絶対ですよ!?」


「そ、そんなところまで行くんですか……?」


「だから、お前は圧が強いんだって……」


 ブレイズがこめかみに手を当てて、大きく息を吐いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ナリウスが演説を行った日から数日が立ち――


 次のイベントを行う日が訪れた。

 慰霊碑の建立祭だ。


 こちらは全市民に声をかけるようなものではなく、街の有力者だけを集める小規模なものだが、ナリウスが公的に姿を見せる点では変わらない。


 これに立ち会うことで、ナリウスのフラノスでのイベントは全て終了する。

 つまり、今日が襲撃するなら最後の日となるわけだ。


 屋根の上に座りながら、キラーザはフラノスの街を見下ろしていた。多くの人間たちがそこに見えているが、キラーザが見ているのはたった1人だけ。


 銀髪の髪の中年男が一人で歩いている。貴族のように上品な服を着た端正な顔立ちの男だが、貴族ではない――

 キラーザは男の正体を知っている。


 ヴァンパイアという正体を。


 そのとき、午後2時を知らせる鐘が鳴る。それは全ての始まりの合図。筋書きを知るキラーザは口元に大きな笑みを浮かべた。

 凄惨なショーが始まった。


 吸血鬼ラルゴスの周囲に黒いもやが現れる。

 それに気がついた、周囲にいる人たちの足が止まった。


 もやはだんだんと収束していき、人型の影となって周りの人間たちを襲い始めた。

 襲われた人々の絶望が、悲鳴となって街にこだまする。


 キラーザは手をたたいて大笑いした。


「あっはっはっは! あんなもんまで呼び出すとはなあ! クロケインはマジでぶっ飛んでやがる! 何を餌にしたら、食いつくってんだ!?」


 街が混乱に陥る様子を堪能してから、キラーザは屋根から屋根へと移動した。


 彼には彼の仕事がある。

 もう戦いは始まった。後はそれを遂行するだけ――


 王太子ナリウスの抹殺を。

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