第33話 画策する人たち
その夜――
クロケインは誰もいなくなった中央広場を眺めていた。演説時の喧騒が嘘のように閑散としている。
だが、クロケインはフラノスの空気そのものに熱が加わったことを感じていた。
あの演説を終えて、もう一度、国のために戦おうじゃないか、そんな空気が醸成されている。
そのときだった。
ドアが開き、キラーザが姿を現した。
「帰ったぜ」
「意外と遅かったな」
「近衛騎士2人が追いかけてきてなあ……ははは、撒いてやるだけじゃあつまらないから、誘い出して殺しておいたよ」
キラーザが首を掻っ切る仕草をする。
「あの程度が王国の近衛騎士の力なんてなあ! あれだったら、俺が斬り込めば楽勝だったんじゃねえの?」
「それはそれでいいが――しょせんは前菜だ。今はこんなところでいい」
「へへへ、派手に失敗したな、作戦立案者のクロケイン?」
「織り込みずだ」
強がりではない。あくまでも、この作戦はクロケインにとって『これで勝負が決するなら楽ができる』というレベルのものだ。
凄腕揃いの近衛騎士団を相手に、やすやすと不意打ちが成功するとは思っていない。50%もあればいいくらいだ。
それでもキラーザの、煽るような笑みは消えない。
「へえ? あれだけ派手にやって、全部ポイントを相手に持っていかれたのに?」
「これだけ派手にやったのなら、もう次の攻撃はないと思うかもしれないだろ?」
もちろん、そう思うのなら興醒めだが。
クロケインとしては、それなりに頭の回る相手でいてもらいたいと思っている。バカを倒してもつまらないからだ。
「次の作戦が本命だ。そこで確殺する」
「ああ、俺のこの手でな! くくく、王族殺しか。たまらねえなあ、俺のキャリアに箔がつくぜ!」
「ところで、刺客の攻撃を防いだ近衛騎士はアイスノーか?」
クロケインの優秀な頭脳には、主だった王国の要人の顔が記憶されている。不在の騎士団長クリスを除けば、あの不意打ちに抵抗できる使い手はアイスノーくらいだと睨んでいた。
「いや、そいつじゃないね。受けたのは男で――黒髪だ」
「黒髪……?」
珍しい髪の色だったが、それゆえに覚えているのなら、すぐに気がつく。だが、そんな人物はクロケインの記憶にはなかった。
(まさか、ファクターX?)
そんなことを考えるが、早計な判断だとクロケインは己を諌める。だが、キラーザの言ったことは覚えておくことにした。
「次の作戦の準備を進めておいてくれ、キラーザ」
「任せろ」
「次で、確実にナリウスを殺す」
今度の成功率は100%とクロケインは見込んでいる。
だが――
(ファクターX、いるのなら貴様が阻止してみるがいい!)
全てを覆す要素は存在する可能性がある。
クロケインはそれを面白いと感じ、口元で小さく笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日、アイスノーはナリウスに呼ばれて、彼の部屋を訪れていた。
「やあ、先日の頑張りに感謝するよ、アイスノー」
「お優しい言葉、ありがとうございます! ただ、王太子の身を危険に晒してしまい、己の至らなさを痛感しております!」
「まあ、まさか領主の兵から裏切り者が出てくるなんてね。そこは信頼していた部分はある」
「我々の甘さを痛感しております」
「そうだな……しかし、疑い出せばきりがない。極論、近衛騎士団に裏切り者を仕込まれたら防げないからね」
「お言葉ですが、近衛騎士団は貴族の出自です。王族に反旗を翻すなど――」
「本当に、断言できるかい?」
ナリウスの言葉に、アイスノーは息を呑む。
王国に乱れが生じている今、一部の貴族たちに怪しい兆候が見られるのは事実だ。
「だから、まあ、絶対に安全なことはない。我々には気をつけることしかできないんだよ」
「……そうですね。肝に銘じます」
「頼むよ。で、あの屋根から攻撃してきた男はどうなった?」
「申し訳ございません。追いかけましたが、返り討ちにあい……2人が死亡しました」
「……そうか」
ナリウスが深い息を吐く。
「腕利の近衛騎士2人を倒すか。相当の使い手なんだろうね」
「はい」
「今回で引いてくれる相手とも思えない。次の襲撃に備えて、警戒は怠らないよう頼む」
「わかりました」
そこで、ナリウスが今日の本題に踏み込んだ。
「ところで、カイルはどうだい?」
「どうも何も……満点でしょう。お恥ずかしい話ですが、カイルがいなければ、御身を守られたとは言い切れません」
「あそこは殊勲だったね。それ以外の立ち振る舞いは?」
「問題ありません。もちろん、新人という部分を加味してですが。それも教えればすぐに対応できますし、勤務態度も真面目です」
「実に素晴らしい! まさに王国のホープだ!」
ぱん、と両手を打ち鳴らしてからナリウスが続ける。
「そろそろ、カイルを近衛騎士団に誘ってみたらどうだい? 所属を決める意味でね」
「もう、ですか……?」
「聖女マリーネからの圧がなかなかすごくてね……。そろそろ、所属が決まったよと言って話を終わらせたい気持ちもある。ほら、カイルも近衛騎士の仕事にやる気を出している感あるじゃない?」
「それは、そうですが……」
少し割り切れない思いを、アイスノーは口にする。
「ただ、まだカイルは近衛騎士団の仕事しか本格的にはしていません。他に声をかけている第一騎士団や聖女マリーネ様が文句を言ってくるのではないかと」
「ははは、アイスノーは真面目だねえ! 君が得する話だっていうのに?」
「……私がカイルに勧めるよりも、王太子から話してはいかがでしょうか? 近衛騎士団に所属せよと」
「うん、悪くはないアイデアだね。カイルは王国に忠誠を誓う男だから、きっと私の命令を受け入れてくれるだろう。だけど――」
ナリウスは首を振る。
「私はそうしたくないんだ。なぜなら、きっと彼は運命に愛された男だからね」
突如としてナリウスの口からこぼれてきた詩的な表現にアイスノーは戸惑う。
「運命に、愛された、ですか……?」
「カイルを中心にして様々なことが起こっている。ちょっと普通では考えられないようなことがね」
「それは否定しませんが」
「つまり、あの男には何かがあるんだよ。なのに、私ごときの意志で彼の人生をねじ曲げるなんてするべきじゃあない。だから、最終的には彼の自由意志で決めてほしいんだよ」
そこで、ナリウスはイタズラっぽく笑う。
「まあ、干渉はさせてもらうけどね」
ナリウスの独創的な見立てが正しいかどうかは不明だが、ともかく、ナリウスの考えは分かった。
カイルと同じくらい王族に忠誠の厚いアイスノーに否はない。
「承知しました。それではカイルに尋ねてみましょう」
アイスノーは部屋を辞する。
翌日、アイスノーはカイルを連れて領主の館にある会議用の部屋に入った。
「用事って何ですか、アイスノーさん」
「座れ」
カイルが座った対面に、アイスノーは腰を下ろした。
「まあ、そのなんだ……。近衛騎士団の仕事には慣れてきたか」
「そうですね。まだまだ至らない点が多いのは自覚していますが、少しは慣れたと思います」
「そうか、王太子の身を守る――その意義を感じてはいるか?」
「はい、ナリウス殿下は王国にとってなくてはならない人です。あの方をお守りすることは誇らしいことだと思います」
「そう言ってくれて嬉しいよ。王太子も、襲撃を防いだ君の働きを、殊勲だ、と誉めていたぞ」
「本当ですか!?」
嬉しそうな様子でカイルの表情が輝く。
本当に嬉しいのだろう、王国貴族にとって王族からの言葉はありがたいものだ。それを素直に喜べるということは、カイルの胸に宿る王国への忠誠心は本物なのだ。
「私だって、当然、カイルの力を評価している。助かっているよ」
「いえ、その……ありがとうございます!」
照れた様子のカイルを見て、アイスノーは腹を決めた。
やはり、この男の力――いや、それだけではない。周りへの影響も含めて得難い存在だ。その真価を近衛騎士団で発揮してもらいたい。一緒に肩を並べて剣を振るいたい。
心底から、そう思う。
(決めにいくか)
緊張感をまといながら、アイスノーは切り出した。
「カイル」
「はい?」
「お前さえよければ、近衛騎士団に入らないか?」
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