第32話 炎のごとき誓い

「カイル!?」


「ロックさん!?」


 ロックは全く理解できていなかった。


 どうして、カイルがここに!?

 それは対するカイルも同じようだった。


 固まっている場合ではない状況だが、もうどうでも良かった。


「守れ! 王太子を守れ!」


 近衛騎士たちが王太子を取り囲み、人の壁を作ったからだ。もうロックに王太子を暗殺する術はない。

 ロックの復讐は終わったのだ。


 アイスノーがカイルに声をかけた。


「カイル、知り合いか?」


「……はい、この地で戦った戦友です」


 小さく息を呑んだだけで、アイスノーは何も言わなかった。

 ロックが苦笑しながら口を開く。


「おいおい、カイル、お前は第一騎士団の所属じゃなかったのか? そう言ってただろ?」


「それは嘘じゃないんですけど……今は王太子の護衛をしています」


 確かに嘘じゃないんだろうな、とロックは判断した。

 短い付き合いだが、そういうことができる器用なタイプだとは思っていない。


(なんで第一騎士団が近衛騎士団の仕事をしているのか不明だが)


 それ以前に、そもそもカイルの存在そのものがイレギュラーだ。

 ロックは考えることをやめた。

 近衛騎士団はナリウスの周囲から動かない。どうやら、全てをカイルに任せたようだ。

 カイルは声をあげた。


「ロックさん! 降参してください!」


「悪くないな。だけど、今更やーめたって言っても、許してもらえるわけじゃないだろ?」


「それはそうですけど」


「だったらまあ……意地を通すのっても悪くないだろ?」


 ロックは剣を構える。

 どうせ死罪は免れない。何を選んで死ぬかだ。

 カイルは割り切れていないような、苦しそうな表情を浮かべた。


「どうしてこんなことを……」


「どこにでもある単純な理由さ。カイル、お前と会ったとき、家族は元気だって話をしただろ?」


「……はい」


「あれは嘘だ。この街が攻められた日、家族は死んでしまった」


「――!?」


「平和は来たけど、俺の幸せは消えちまったんだ……お前たちがこの街を本気で守ろうとしなかったからだ!」


 ロックの怒声はカイルを飛び越えて、近衛騎士たちに守られたナリウスを直撃した。


「自分たちを守ることを優先して、この街を見捨てた! いつだってお偉方は自分ばかり守る。ちょうど今のお前みたいにな!」


「……そうだな、いつも我々は安全圏にいる」


 近衛騎士たちの間を縫うように、ナリウスが一歩前に出る。


「王太子! 下がってください!」


「悪いね、彼と少し話がしたい。命懸けで守ってくれ」


 そう言って、ナリウスは取り合わない。


「あなたの怒りは最もだ。我々の作っていた国が弱かったから、フラノスに迷惑をかけた。それについては至らない部分があったのは事実だ」


「そんなことを認めて、はい、そうですね、で終わるかよ! 仕方がない犠牲だと言われても、俺の家族は帰ってこないんだ!」


 ロックの感情は昂っていた。

 やはり、せめて意地を示してから死にたい。虫けらであっても、怒っているものはいるのだ! と示したかった。

 動き出そうとするロックを制するようにカイルが叫ぶ。


「ロックさん! こんなことをしても意味がない。何も生まない! 俺たちに必要なのは、もう二度と、あんなことを起こさないように強くなることじゃないですか!?」


「なんだと……?」


「倒すべきは帝国ですよ! 王族じゃない!」


 その言葉はロックに動揺を与えた。

 それは意識下にあった懸念でもあった。本当に悪いのは帝国。だが、それをザーラキと名乗る男によって巧妙にすり替えられていた。


「ナリウス王太子は国を強くしてくれる人です。民を憂うことができる人です。彼を倒せば国は弱くなり、また帝国の侵攻を許す!」


 そして、声の限りカイルは叫んだ。


「ロックさん、あなたと同じ人たちを生み出してもいいのか!」


 その言葉はロックの胸を打ち据えた。


 自分の行いが王国を弱くすることにつながる――帝国を利する。


 そこで、今まで考えようとしていなかった事実がロックの頭をよぎった。あのザーラキとかいう男は何者なんだ? 王太子暗殺の計画を遂行するほどの力をなぜ持っている。


 まさか、あの男は帝国の――

 今まで信じていたものが砕けて、熱くなっていた体が一瞬にして冷えたような気分だった。


「お、俺は……」


 ナリウスが口を開いた。


「この件には帝国が絡んでいる可能性がある。彼らは私の首を取りたくて仕方がないからな。君にこれを指示したのは、どんな人物だった?」


 今、ロックの頭にあるのは、ザーラキへの疑心だけだった。

 体が震え、ふらふらと足がよろめく。


(俺は、俺は……操り人形だったのか……!?)


 今まで存在していた大義が、泥に塗れた気分だった。

 帝国など、王族以上に憎むべき存在だ。倒すべきは帝国。なのに、言葉巧みに復讐心を煽られて、帝国の手先として利用されていた。

 これほどの屈辱があるだろうか?


「俺は――」


 そのときだった。

 ロックの背中に灼熱の串で刺されたような激痛が走った。


「うぐおあっ!?」


 攻撃はロックだけではなかった。

 ロックの斜め後方から、無数の短剣が飛来してくる。


「王太子を守れ!」


 近衛騎士たちが一部は弾き、一部は身を挺して、ナリウスの身を守る。

 離れた屋根の上から、何者かが攻撃してきていた。


 何者かが?

 ロックは知っている。倒れたまま視線を走らせると、そこには痩せ細った男が立っていた。


 ザーラキだ。

 ザーラキは楽しげな表情で中指を立てると、屋根から逃走した。


 そこで、ロックは全てを理解した。


「追え、追え!」


 2人の近衛騎士が走っていく。

 ロックはその光景をぼんやりと眺めた。一本どころか数本の短剣が背中に突き刺さっている。致命傷で、もう長くはないと悟っていた。


「ロックさん……しっかりしてください! 助かります! 助かりますから!」


 カイルがロックに近づいた。その表情は心の痛みに耐えているように、辛く歪んでいた。


(おいおい、そんな顔をしないでくれ……)


 俺は憎むべきバカな男なのだ。お前にそんな顔をしてもらう価値なんてない。

 何かカイルに言ってやらなきゃ、と思ったが、代わりに口から出たのは血に塗れた咳だけだった。

 生命力がこぼれるように、荒い息をする。

 その手を掴むものがいた。


 王太子ナリウスだ。


「すまない、君の人生を歪ませてしまって。すまない、君から幸福を奪ってしまって。だけど、全てをなくすとは言えないが、せめて君のような人を減らす未来は作ってみせる。今日を忘れることはない。今日の、君の怒りを忘れることはない」


 ナリウスの目は真摯だった。

 その目にはその場しのぎの言葉ではない、心からの言葉を口にしている輝きがあった。


(ああ、この人なら、本当にそうしてくれるかもしれない……)


 カイルがナリウスを信じている理由を理解できた気がした。

 そして、己の救いようがないほどの愚かな行為にも意味ができた気がした。ナリウスは忘れない、と言った。きっとロックの暴走はナリウスの心の重しのひとつとして刻まれただろう。


(決して許されることではないけれど――)


 己の人生に、ひとつ意味があったとロックは思えた。

 ロックの意識はもう消えかけていた。視界に映っていたカイルもナリウスの姿もない。白くて暖かい世界だけがあった。


(どんな顔をして、家族に会えばいいんだ……)


 そんなことを思ったときだった。


 ――あなたなりに頑張ったんだから、いいじゃないですか。


 死んだ妻の声が聞こえた気がした。

 妻に似た誰かが、自分の傍に寄り添っている。


 ――きっと、皆さんがあなたの意思を、正しく繋げてくれますよ。


 そうかもな。

 ロックがそう思ったとき、子供たちの声が聞こえた気がした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「死んだか……」


 ナリウスがロックの手をそっと体の上に置いた。


「安らかな死だったのかな。顔に笑みが浮かんでいるけど」


 そんな様子をカイルはぼろぼろと泣きながら見つめていた。ナリウスが苦笑する。


「おいおい、泣きすぎじゃないか?」


「……悔しいんです。気づいてあげられなかったことが」


 数日前、街中でロックに再会した日のことをカイルは思い出す。


「もし、俺が気づいていれば食い止められたかもしれないのに! こんなことにならずにすんだかもしれないのに!」


 そんな無力さが悔しい。

 そして、それ以上に――


「誰かの心がこんなにも踏みにじられるなんて! こんなことを許していいはずがない!」


 カイルは拳を握りしめる。

 そして、短剣を投げつけてきた何者かがいた屋根を睨みつけた。あの男が、きっとロックの心を操っていたに違いない。


「俺が、必ず倒してやる――!」


 炎のような誓いが、カイルの胸に燃え上がった。

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