第28話 帝国軍師クロケインの策謀

 フロノスにある宿の一室で、2人の男が話を交わしていた。


 片側の男の名前はクロケイン。


 その名を知れば王国軍が大挙して押し寄せるだろう。なぜなら、帝国軍の軍師を務める男だからだ。

 今は商人風の服を着て擬態しているので、何者かが告発しない限り気付かれることはないだろうが。

 このような大物がここに姿を見せているのかと言うと――


「皇太子ナリウスの暗殺計画、準備は進んでいるか?」


 王国にとって威信をかけた1大イベントであると同時に、帝国にとっても同じだけの重さがある。

 英才ナリウスは帝国も危険視している。

 必ずや帝国の未来を脅かす存在になるであろうナリウスの首を打つのは帝国にとっても大きなチャンスだ。


「もちろん何の問題もない」


 テーブルの向かい側に座る痩せ細った男が応じる。


 男の名前はキラーザ。

 所属を持たないフリーの破壊工作員だ。


 その高い技量と容赦のない性格、目的のためなら手段を選ばないやり方――気に入り、クロケインは重用している。

 キラーザは1枚の紙をテーブルの上に置いた。


「こいつは皇太子の行動計画表だ。どこでどう、何をするのかまで全部書いてある。こんなものが漏れるなんて、ザルだな」


「治安が悪化している街だけに、仕事はやりやすいか」


「それは否定しないがな……それでも、王太子の情報がダダ漏れとは! 実にお粗末だ、王国側の情報管理は!」


「だが、相応の部隊を展開してくるのは変わりがない。その戦力は油断ができない」


 まずは王子と聖女を守るための近衛騎士団。

 そして、聖女と行動をともにする聖王国の騎士たち。

 さらに、この地域の治安の悪化に対応する増援として、第1騎士団も人を派遣する。


「われわれを除き、3つのグループがフラノスに集まる。彼らも王子を守ることに必死だぞ」


「あんたが心配するのか? あんたが用意した筋書きの通り進めている。そして、あれは完璧だ。各部隊を排除し、丸裸になったナリウスを俺が仕留めて――終わりだよ」


 親指で首を掻っ切るポーズをして、キラーザが笑う。


「王国の叡智えいちだの次代の賢王などと言われているが――はっ! 俺に言わせれば、バカとしか言いようがない! わざわざ、こんな危険な巣に飛び込んでくるなんて!」


「深い考えがあるのだろう」


 クロケインは短くそう答えた。

 もちろん、クロケインは別の見解を持っている。ナリウスがこのイベントで王国の威信を復活させようとしていることも見抜いている。


 そのためなら、危険を押してでも実行に移す。むしろたいした器だ、とさえ敵ながらクロケインは思っている。


 だが、それをキラーザに伝えることはなかった。


 フリーの仕事屋なのだ。気持ちよく仕事をしてもらうことが重要で、わざわざ共感を求めて意見を対立させる必要はない。


「いずれにせよ、油断はするな」


「もちろんだ」


 キラーザが上機嫌に笑う。もし、これが他の男であれば油断をしているように見えるが、キラーザは常にこういう男で、プロとして隙を見せることないことも知っている。

 その点において、クロケインが心配することはない。


「クロケイン、じきにここは戦場になる。危ないからとっとと帝都に帰ったらどうだ? 軍師であるお前の仕事は終わっただろ?」 


「お前のお目付け役だ」


「かなわねえなあ!」


 クロケインが口にしたことは口から出まかせだ。

 本当の狙いは、別の所にある。

 クロケインの明晰な頭脳には、チェックメイトまでの絵面が完璧にできている。

 100%の確率でナリウスの首と胴は離れるだろう。

 残念ながら、素材は優れていても齢15。まだクロケインの頭脳を超える要素は見当たらない。

 戦争が終わるまでなら、クロケインの思考はそこで終わっていた。

 だが、今では――

 本当にそうなるのか不安があった。

 ファクターXだ。

 先の戦いで帝国軍を敗北へと導いた存在不明のファクターXがどこかに隠れているとすれば、クロケインの計算が狂う可能性がある。


(……顔ぶれが気になる……)


 近衛騎士団、第一騎士団、聖王国騎士団――この揃い踏みがどうしても気になって仕方がない。

 八騎将2人の敗北を含め、戦場で多くの帝国兵に犠牲が出た戦場には彼らが絡んでいる。


(ファクターXと関係があるのか?)


 そんなことをクロケインは考えるのだ。

 ゆえに成り行きを確認し、何が起こったのか、己の目で確認し、頭脳で整理したいとクロケインは思っている。

 キラーザが口を開いた。


「さっさと来いよ、ナリウス王子! わざわざおっ建てた自慢の慰霊碑をお前の墓にしてやるからよ!」


 ナリウスしか見えていないキラーザが大声で笑う。

 だがクロケインは違う。


(ファクターX……本当にお前はいるのか?)


 フラノスに不穏な空気が増していく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 王都を離れてしばらく――

 カイルたち一行は帝国との国境に近いフラノスの街にやってきた。


 街に入る直前、フラノス領主の配下たちが合流した。


「お待ちしておりました! 王太子が街に入られると住民が混乱いたします。僭越ながら、我々の先導にお従いください!」


 彼らの後ろを、聖女用と王太子用の2台の馬車が進み、それらを取り巻くようにカイルたちも追いかけていく。

 宿泊先である領主の館まで進むには、メインストリートを進んでいく必要がある。

 その道の左右は住民たちでごった返していた。

 ナリウスの一団が姿を見せると、住民たちが馬車に声援を送る。


(……ん?)


 それを聞いて、カイルは違和感を覚えた。

 なんとなく、熱が足りないのだ。目の前に現れた王族一行――馬車の中に姿が沈んでいても、興奮は高まるはず。


 だが、それほどの強さを感じなかった。


 大きな声援を送っている人もいるが、どこか冷めている人もいる。いや、それだけではない。苛立ちの視線を向けているものまでいるほどだ。


 そんな風景を――

 カイルはナリウスとともに馬車の『中』から見ていた。


 対面に座るナリウスが窓に向けていた目をカイルのほうにやる。


「王族の馬車の乗り心地はどうかね、カイル?」


「なかなか慣れませんね……」


 偽りのない本音だった。王子と、その重臣が座る馬車に下っ端が座るのだから。

 肩身が狭くて仕方がない。

 街に入る前、ナリウスがイタズラを思いついたかのような顔でカイルに言ったのだ。せっかくだ、同乗しないかい? と。

 王子の命令を断れるはずがない。


「やはり、何か問題がある気がするのですが……」


「どこが? 君は近衛騎士で、私の護衛が仕事。問題ある?」


「ありません……」


 正論ハンマーで殴られて、すぐにカイルは消沈した。せめて、アイスノーさんではなく? と聞き返す悪あがきはしたかったが、人選に問題はないと言われればそれまでだ。

 再び外の住民たちに目をやって、ナリウスが力無い声を発する。


「やれやれ、嫌われたものだな……仕方がない話ではあるけど。彼らには私を憎む権利がある」

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