第27話 聖女マリーネ
――親愛なる我が子マリーネよ、カイル・ザリングスを聖騎士と任命せよ。
リアンディア平原での戦いが終わった後、マリーネは神託を受け取った。
熱心なサリファイス教徒であり、聖女でもあるマリーネにとって、それは絶対に現実化しなければならない神聖な命令であった。
(とにかく、急いで大聖女様に相談しなければ!)
すでに戦いの結末は見えている。八騎将を2人も落とされ、多くの兵士を失った帝国側に逆転の可能性はない。
聖女マリーネは聖王国側の撤退をグリア王国側に通告した。
「我らが主人より言葉を賜りました。聖王国の未来を左右する、急ぎの必要がある内容です。帰還させていただきます」
かなり強硬なもの言いに王国側は少しばかり驚いた。だが、決着がつきつつあるのは事実であり、宗教的な理由を匂わせられると反対できる余地もない。
聖王国に戻ったマリーネは大聖女と謁見した。
「大聖女様、私は戦場で主人の声を聞きました」
当代の大聖女リネイドは齢50ほどの女性だ。柔和な表情の持ち主で、その表情と同じ雰囲気をまとっている。捨て子だったマリーネのことを子供の時代から知っている人物であり、マリーネが親のように思う人物でもある。
リネイドは実の子供を褒める親のような表情を浮かべた。
「素晴らしいことです。本当に素晴らしい! あなたの主人を思う心が天に通じたのですよ」
「ありがとうございます、大聖女様」
「それで、あなたはどのようなメッセージを受け取ったのですか?」
「王国の騎士カイル・ザリングスを聖騎士にせよと」
「聖騎士!」
その言葉は聖王国において、とても重いものだった。聖騎士とは伝説的な存在であり、その価値は大聖女や国を治める聖王よりも勝る。
ゆえに、その瞬間――
大聖女リネイドの顔から笑顔が消えた。全ての嘘を見抜く装置のような無機質さを感じさせる、冷ややかな無表情がそこにあった。
「マリーネ」
「はい」
「主人の言葉は二度とは聞けず、聞いた本人以外には届きません。ゆえに神託の真偽には、通告者が全ての責任を負うことになります」
「存じております」
「そして、それが聖騎士様に関する内容であるのなら――それは特A級神託という扱いになります」
「存じております」
「もし、その神託が嘘であれば、あなたの体は灼熱の炎に焼きつくされ、魂は地獄の底に落ち、救いは永久に与えられません」
「存じております」
「それでもあなたは、主人から聞いた神託をまことのものだと誓うことができますか?」
「誓います」
ためらうことなく、毅然とした様子でマリーネは言い切る。
大聖女リネイドはマリーネをじっと見た。
その両目には世界の真実を見抜こうとするかのような静謐さがあった。マリーネは怯まない。なぜなら、それが真実だからだ。一握の嘘もそこには存在しない。
大聖女の顔が、やおら優しい表情に戻った。
「わかりました、聖女マリーネ。あなたの言葉を信じましょう。では、カイル・ザリングスを聖騎士として認定します」
「ありがとうございます!」
マリーネは我がことのように喜んだ。なぜなら、カイル・ザリングスは素晴らしい人間だと思っていたので、その気持ちが認められたような気分だったからだ。おまけに、そんな素晴らしい人間が、ふさわしい地位になったのだから。
その後、聖王国内の政治的な手続きあっという間に進んだ。
「カイル・ザリングスを聖騎士として任命する準備とは整いました」
そう言ってから、大聖女リネイドは首を傾げた。
「ただ、やはり自国民のように簡単にはいかないようです」
「どうしてでしょうか?」
「所属する国の王に承認を頂き、了承を得ないといけません」
「それでしたら問題はないでしょう」
リネイドはほっと胸を撫で下ろした。そもそも聖騎士という名誉ある立場――それも神からの指名なのだ。断るはずがないとマリーネは頭の中で思っている。きっとカイル・ザリングスは微笑みとともに受託して、すぐ聖王国に馳せ参じてくれるだろうとマリーネは確信していた。
リネイドは次の課題を口にした。
「この決定を告げるための使者を、王国に送る必要があります」
「私が参ります!」
間髪入れずにマリーネが志願する。
この件は必ず自分で処理しなければならない! そんな強い意思を持っていたからだ。
では、いつ送るか? もちろん今すぐだ。遅れていいことなどありはしない。なぜなら、これは至高なる存在が決めたことなのだから。
王国と調整をしようと考えていた矢先、ちょうど王国側から使者がやってきた。
それが、フラノスの慰霊事業だ。ちょうどいいことに、終戦時は行えなかった聖王国側の代表者と謁見をしたいと言ってきている。
まさに完璧な内容。
聖王国側は即座に了解の意思を示した。
そして、聖女マリーネは国境の街ホリスに向かい、
「お出迎えいただいきありがとうございます、遠路はるばる――」
出迎えにやってきた王国側の騎士団を眺めて言葉を詰まらせた。
そこに、カイル・ザリングスがいたからだ。
(そんな、まさかこんなところで再会できるだなんて!)
その顔を見ただけで胸が温かくなるのをマリーネは自覚した。再会できたことがこんなにも嬉しいだなんて! マリーネは神に感謝した。
思わず踏み出し、カイルの両手を掴んでしまう。
「カイル様! 来てくれたんですか!?」
それは嘘偽りのない、マリーネが抱く喜びの感情だった。
アイスノーがマリーネに目を向けた。
「マリーネ様はカイルが護衛につくと気が楽になりますか?」
「はい、もちろんです! とても強いのは知っていますし、信用もしている方なので!」
マリーネがカイルを自分のお付きとして指名したのは当然のことだ。
彼が聖騎士だからだ。
聖騎士と時間をともにすることは、とても光栄なことだ。
本当は今すぐにでも、あなたは聖騎士です! と伝えたかったが、まだ許されていない。一応はグリア王国への筋を通すため、まずはグリアの王族に正式なルートで通知して承諾を得てからとなっているからだ。
(言いたい! 言いたい! 言いたい!)
だけど、まだ言えないのがもどかしかった。
そんなわけで、道中の街で一緒に出かけたときは、やや強引に『聖騎士』という言葉を匂わせてみた。
「聖騎士?」
首を傾げるカイルを見ているのが、少し楽しかった。
(あなたは聖騎士様なんですよ!)
もちろん、彼はその運命に気がついていない。
早く……早く早く、伝えたい!
そして、そのときはついに来た。
王都にたどり着いた謁見の間で、マリーネと王太子ナリウス・グリアが対峙するときがきたのだ。
「遠路はるばるよく来てくれた。お疲れだろう。聖女マリーネ」
「いえ、私はグリア王国に愛着を持っております。ゆえに苦とは思いません」
儀礼的な会話が終わるなり、マリーネは意を決した。
「サリファイス聖王国にて、決定された件があります。御国も無関係ではないので、お耳に入れるようにと大聖女様から申しつかっております」
「ほう、面白い。どんな話かな?」
興味をそそる、という様子で玉座からナリウスが身を乗り出す。部屋の左右に並んだ王国の重臣たちも態度にこそ出さないが、興味津々で耳を傾けている。
「グリア王国の貴族カイル・ザリングスを聖騎士として任命しました。つきましては了承をお願い申し上げます」
謁見の間の、空気が揺れた。
英才と名高いナリウスの顔にも動揺が浮かぶ。だが、その感情はあまり続かなかった。
「すまないが、慎重な検討が必要な件となる。ゆえに即答はできかねる」
その答えを聞いたとき、マリーネはナリウスを内心で称賛した。
すぐに立ち直ったことも含めて考えると、ナリウスはカイルの異常を把握している。
(あーあ……気づいてくれていなければ、楽だったのになあ)
検討中――
王国側から正式に下された返事はマリーネの予想通りだった。
だから、落胆もしない。
(まだチャンスはある! これから旅路をともにするのだから、うまく説得できれば!)
ぜひとも、カイル・ザリングスを聖騎士にしたい! なってもらいたい!
なぜなら、これは二度とないようないい話なのだから!
聖女マリーネの心は熱く燃え上がっていた。
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