第26話 カイル・ザリングスを聖騎士に任命します!

「グリア王国の貴族カイル・ザリングスを聖騎士として任命しました。つきましては了承をお願い申し上げます」


 その言葉はまさに爆弾だった。

 ナリウスを含む、すべての列席者の心を暴風で弾き飛ばした。


(え、とういうこと……?)


 カイルは唖然としていた。

 マリーネの口から漏れた、聖騎士という言葉。

 それに結び付けられた、己の名前。


(聞き間違いか?)


 そんなことはない。アイスノーやブレイズ、カイルを知る人間の視線がこちらを向いていたから。その目に輝く疑惑の光がカイルの仮説を否定していた。

 意味が分からず、カイルは唖然とした気分で立ちすくんでいる。


 動揺から最初に回復したナリウスが口を開いた。


「カイル・ザリングスを聖騎士にしたい――その理解で正しいか?」


「はい、間違いありません」


「すまないが、慎重な検討が必要な件となる。ゆえに即答はできかねる」


「承知いたしました。問題ありません」


 謁見はそれにて終了した。

 そして、即座に新しい会議がひとつ設けられた。


 もちろん――


「カイル、行くぞ!」


 アイスノーに連れられて、カイルも参加することになった。


 会議の参加者は、その2人に加えて、王子ナリウスや外務大臣を中心とした王国の重鎮たち、近衛騎士団団長のクリス、それに加えて第一騎士団からもブレイズやマーシャルも出席している。


 なかなかの顔ぶれだ。


 会議の議題はもちろん、マリーネが口にしたことだ。


(ええと、てことは、ここにいる人たち、俺のために集まったの?)


 そう考えると、カイルは胃に痛いものを感じた。自分のような下っ端のために集まっていい面々ではない。

 会議が始まるなり、そんなカイルに――


「どういうことだい、カイル・ザリングス?」


 にこやかな顔、にこやかな口調でナリウスが質問しているが、有無を言わせない迫力がある。

 カイルは途方に暮れながらも、率直な意見を口にした。


「その……俺にもよくわかりません……」


「本当に?」


「はい、本当です。覚えがないんですよ」


「ふぅん……」


 首をかしげながら、ナリウスが髪をすきあげる。


「アイスノーはどう思う?」


「私にもわかりません。ただ……今回の旅において、マリーネ様が特別な興味をカイルに抱いていたのは事実です」


 その言葉に、会議場がざわついた。


「へえ、カイルはどう思う? 心当たりは?」


「それはその……アイスノーさんの言っている通りです。でも、どうして俺に興味を持っているのか心当たりがないんです」


「初対面なんだよね?」


「いえ、違います。戦場で聖王国と協力したことがありまして。そのときに知り合っています」


「何かすごい活躍をしたとか?」


「うーん……それほどすごいことはしていないと思うんですが……」


「ふぅむ、要領をえない話だね」


 ナリウスの質問が尽きて、会議場が沈黙する。

 そこで外務大臣が声を発した。


「王子! これは何も悩む必要はございません! 聖騎士というのは、聖王国における最大限の名誉だと思っていただいて差し支えありません! これは、飲むしかない話です!」


「確かにそれは一理ある。だが、カイル・ザリングスというのは大きな問題だ」


 眉をひそめる外務大臣を無視して、クリスとマーシャルにナリウスは目を向けた。


「悪いが、こういう事情だ。カイル・ザリングスを諦めるつもりはあるか?」


「「ありません」」


 2人の言葉は簡潔にして明瞭だった。それゆえに、意思の強さが明らかに伝わってくる。

 王国の支柱の断固たる意思。

 それはカイル・ザリングスの希少性を証明するものだ。

 外務大臣が鼻白んだ。


「ザリングス家とは、それほどの家なのですか?」


「いや、爵位で言うなら、衛爵だ」


「え、衛爵!?」


 驚いたのは外務大臣だけではなく、参加者のほとんどだった。衛爵ごときの人材が、こうも話題になっているのが理解できないのだ。


「わかりませんな! 言わせていただきますが、たかだか衛爵、たかだか下級騎士一人ではありませんか! そこまでこだわるのですか!?」


「まあその……彼は使える男なんだよ。そう簡単に譲り渡せる人間ではないのだ。それは、両団長が保証してくれる」


 ナリウスの言葉にクリスとマーシャルが深く頷いた。


「そして、聖王国も抜け目なくカイルの才能に目をつけたのだろう。つまり、そういう存在だということだ」


「……では、出せないと?」


「そうだね。出したくはない」


 端的に答えた後、ナリウスはこう続けた。


「それにね、私は聖王国を盲目的に信用するべきではないとも思っているんだ」


「ど、どういうことですか!?」


「結局、あの国もひとつの独立国家だということだよ。己の存亡のためならば、隣国を切り捨てることもあるだろう。今回は、たまたま道のりが一緒だったってだけさ。加えて、サリファイス教の教えを国の支柱としている。それはそれで尊いし、宗教の自由はあるが――我々とは価値観が違うのは事実だ。いつまでも期待し続けるのは危険だろう」


 沈黙が、会議場に降りた。

 外務大臣が熟考の末に重々しく口を開いた。


「……外交問題になりますぞ」


「こちらにも国民を守るという建前はあるからね。あちらも無茶なことはできないだろう」


「それはそうですが……」


「とりあえず、軽々とは答えを出すことができない、とでもしておこう。東方の国には曖昧は美学という考えがあるらしいよ」


 結果が定まった。各所の方針を決めて、会議は解散となった。

 検討には時間がかかる――

 王国からの返答を聞いた聖女はマリーネは、特に焦ることなく淡々とした様子で応じた。


「もちろん問題ありません。こちらのわがままな希望でもありますので。ちょうど、これからの予定で皇太子殿下とは長く時間を共にします。ゆっくりお話をする時間もあるでしょう。ご相談させていただければと」


 話はくすぶりながらも、ひとつの決着に落ち着く。

 カイルは暗澹たる気分だった。


(お、俺の存在が、外交問題になってしまうなんて!)


 王国にいるかどうかも認識されていない衛爵ザリングス家の状況を思えば、とんでもない出世だが――


(い、いや、いいのか、これ!?)


 そんなふうにも思ってしまう。

 カイル本人が、動き続ける状況を理解できず胃を痛くしていた。


 その後、皇太子一行と聖女一行は、予定通りフラノスへの慰問に旅立った。

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