第25話 聖女マリーネ、王太子ナリウスと謁見す
聖王国側の国境から旅を続けて、カイルたちはついに王都まで帰り着いた。
聖女マリーネを乗せた馬車が王城の庭に入る。
馬車から降りるマリーネに近づき、カイルは声をかけた。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます、カイル様」
満面の笑顔で挨拶すると、マリーネは王城から出てきた王国の人間たちに連れられて城の中へと向かっていく。
彼女の後を追いながら、カイルは隣を歩くアイスノーに声をかけた。
「到着しましたけど、謁見は明日ですよね? 今日、どうしていたらいいんですか?」
「うん? 城に泊まりだ。護衛対象の要人が残るんだからな。大丈夫か?」
「もちろんです!」
カイルに否はない。
翌日――
割り当てられた部屋で、カイルは鏡を眺めながら入念に身だしなみのチェックをしていた。着ている服は今までのものとは違う、正式な場所にふさわしい礼服だ。
今日、ナリウス王子と聖女マリーネの謁見があるからだ。護衛であるカイルも出席する必要がある。
(貴族らしくしておかないとな……ザリングス家の恥になる)
そう気合を入れているが、慣れない。
今まではそんなことを気にしない気楽な田舎暮らしだったのもあり、この手のことが苦手だった。
何度も何度も鏡を眺めて、満足はしてないが、踏ん切りをつけて部屋を出た。謁見があるので、王城を行き交う人たちは忙しそうな雰囲気を漂わせている。
準備段階の謁見の間には、王国の重鎮たちが揃っていた。カイルがごくりと唾を飲んでいると、背後から肩を叩かれた。
「カイル、来たか」
立っていたのはアイスノーだった。こちらも護衛時の動きやすい服とは違う、伯爵令嬢らしい、しっかりとした服を着ている。腰に帯剣しているが。
アイスノーの目がカイルを上から下まで視線を動かす。
「まだまだ減点だな」
カイルの身だしなみを慣れた手つきで直してくれた。
カイルは胸がカッと赤くなるのを感じた。
「……あ、ありがとうございます……」
「気にするな。私も慣れないときは苦労したものさ」
服の直しが終わると、アイスノーが肩をポンと叩いてこう言った。
「服の着こなしはまだまだ学習の余地があるが――護衛としては関係ない。合格だ」
「え?」
「近衛騎士団への入団を許可する」
「――!」
まるで、体内に電気が走ったかのような衝撃があった。
これは興奮だ。
またしても、才能ある強者に実力を認めてもらえた! 少し前までは何者でもなかったカイルが、また一歩、栄達の階段を上ったのだ。
その喜びは体中を熱くして、カイルは右手を握りしめた。
「どうした?」
「その、嬉しくて……!」
「そう言ってもらえると、こちらも嬉しいな、なら、このまま近衛騎士団に入らないか?」
「ああ、……」
カイルはその話を思い出した。
そして、第一騎士団からも同じ話を受けていることを。そして、カイルの奪い合いになっているので、所属先を決めるには慎重な行動が求められていることを。
「おいおい、抜け駆けしようとするなよ!」
威勢のいい声とともに、ブレイスがやってきた。
彼の服装もまた、いつもの動きやすそうな感じではなく、貴族としての正装だった。
「カイルだって疲れただろう? 近衛騎士団の頭の固い連中に合わせるのはさ。第一騎士団はもっと自由だぜ? 強けりゃ評価もされるしな!」
「野蛮を自慢しないでもらいたい。カイルは貴族だ。実家の栄達や貴族としての振る舞いを学ぶ点でも近衛騎士団は有利だぞ」
「逆に言や、いつまでたっても貴族の爵位がものを言う組織ってことさ。それよりも純粋な強さで評価してもらいたいだろ?」
「うちの組織に、そんなえこひいきなどあるものか!」
「へえ、そうなの? でもさ、お前らが相手にするのは貴族なんだ。そこに爵位が関係しないってのはないだろ?」
「無茶な話であれば、クリス様から正式に苦情を出していただくこともある!」
「本当かねぇ? 信じられねぇなあ?」
2人が視線をぶつけ合う。またしても収拾がつかない感じになってきて、カイルはおろおろし始めた。
重臣たちがいる謁見の間で、この騒ぎはまずい!
そんなとき、二つの影が近づいた。
「お前たち、場所をわきまえろ!」
「あなたたち場所をわきまえなさい」
2人の上司である団長マーシャルとクリスが姿を現した。
グレイスとアイスノーが慌てて口をつぐむ。
クリスがカイルに目を向けた。
「長い旅路、ご苦労様。だけど、決して気は抜かないでね。護衛の仕事は要人を送り返すまで続くのだから。まだまだ折り返し地点にもたどり着いていないわ」
そう、ここが中間地点ではない。このあと、フラノスでの慰霊があるので、まだまだ道のりは長い。
「わかっております」
「まあ、でも……さすがに王宮で何かが起こるようなことはないから、今日は謁見の空気でも堪能しておきなさい」
そして謁見が始まった。
奥にしつらえられた玉座があり、入り口となる両開きのドアから一直線に真っ赤な絨毯が伸びている。
絨毯の左右に王国の臣下たちが並ぶ。護衛として、カイルはアイスノーとともに玉座の近い場所に立っていた。
「聖女マリーネ様のご登場です!」
ドアが開き、聖女としての正装に身を固めたマリーネが姿を現した。
その姿はとても美しく、カイルの左右に並んだ男たちが息を吐くのが聞こえた。
マリーネが玉座の前に進んだ。そこには王の代理である第一王子ナリウスが座っていた。
マリーネが片膝をついて頭を下げると、ナリウスが口を開いた。
「遠路はるばるよく来てくれた。お疲れだろう。聖女マリーネ」
「いえ、私はグリア王国に愛着を持っております。ゆえに苦とは思いません」
挨拶が終わったあと、戦争における互いの感謝と健闘を讃えあう儀礼的な会話が続く。
それがひと段落したときのことだった。
「サリファイス聖王国にて、決定された件があります。御国も無関係ではないので、お耳に入れるようにと大聖女様から申しつかっております」
「ほう、面白い。どんな話かな?」
「グリア王国の貴族カイル・ザリングスを聖騎士として任命しました。つきましては了承をお願い申し上げます」
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