第24話 聖女マリーネの護衛2

(あーん!?)


 慌てた様子で、手をブンブンと振る。


「いやいやいやいや! 待ってください! それはちょっと――!」


「うふふふふ、大丈夫ですよ、教会で、子供のお世話をする時もやってますから」


 あ、それなら大丈夫かな、と一瞬思ったが――


「いやいやいやいや! そ、それはちょっと違くないですか!?」


「些細なことは気にせず、どうぞ」


 押し付けてきた以上、口を閉じるわけにもいかず、カイルは、あーん、を受け入れることにした。


「美味しいですか?」


「はい……」


 味をゆっくりと感じる余裕は1mm もなかったが。


「あ、どうですか? 次に、こちらのパンを、あーんしてみますか?」


 これは無限あーん地獄(天国?)が続く!

 恥ずかしさだけで心臓が熱くなったカイルは慌てて言い訳を探した。


「す、すみません! そそそ、その、ええと……周りへの注意が散漫になりますので、ちょっと今は!」


「あー、なるほど。そうですね」


 くすくすくすと笑うと、 マリーネは、あーん大作戦をやめて、パンの食事に戻った。

 互いのパンがちょうどなくなる頃――

 カイルたちの目の前を横切るように走っていた小さい男の子が勢いよくこけた。子供らしく、すぐに起き上がろうとするが、膝を抱えて泣き始めた。

 親は近場にいないのか、誰かが助けにくる気配はない。


「おやおや」


 マリーネはそんなことを言いながら、カイルに「ちょっと待っててください」と言って、少年に近づいていった。


「大丈夫ですからね?」


 にこにことした様子で子供をあやしている。

 どうやら転んだ拍子に膝を強く打ったようで、赤く擦りむいた上に周りが青くなっている。


(なかなかの傷だな)


 だが、カイルはあまり深刻に考えなかった、なぜなら聖女マリーネがいるからだ。

 聖女には癒しの力があるという。

 それを使えば一発で回復する話だ。

 そう思って眺めていたが、マリーネは一向に回復魔法を使うことはなく、子供を慰めているだけだった。


(……?)


 結局、慌てて迎えにきた親に子供を引き渡しても、マリーネが回復魔法を使うことはなかった。

 ベンチに戻ってきたマリーネにカイルが口を開いた。


「お疲れ様です」


「いえいえ、あれくらい、そんなに大したものではありませんよ」


 違和感を抱えたままの感情が表情に出ていたのだろう、そんなカイルの顔をマリーネが覗き込む。


「ひょっとして、どうして回復魔法を使わないのかって思ってます?」


「あ、はい! ちょっと気になってます!」


「どうせ寄付金を払わないと回復魔法を使わないんだろう、この強欲者め! とか思ってます?」


「思っていません!」


「気にしないでください、聖女ジョークです」


 ベンチに座ってからマリーネが話を続けた。


「私の魔法は信徒にしか効果がないんですよ」


「え、そうなんですか?」


 そう応じつつ、カイルはリアンディア平原での戦いを思い出す。マリーネは聖王国軍を強化する魔法を使っていたが、カイルにはその効果が発揮されなかった。


「はい、まあ、その、……我らが主人は万能にして絶対――慈悲深きお方なのですが、助ける範囲に関しては厳格なところもありまして」


「ああ、なるほど……」


「万能の神のくせにケチくさいな、とか思いました?」


「思っていません!」


「気にしないでください、聖女ジョークです」


 そう言ってから、そうだ! と続けて両手を叩く。


「せっかくです! カイルさんもサリファイス教に入ってもらうのはどうでしょうか!?」


「え?」


「ほらだって、入信特典として、私の魔法がただで受けられるんですよ!?」


「い、いやあ……」


「こんな美少女の回復魔法がただでも駄目ですか!?」


「そ、そこじゃないですよ、断った理由!?」


「すみません、美少女は自分で言いすぎました」


「い、いえ、美少女だとは思いますよ……」


「ぽっ」


 顔を赤くしてから、マリーネが続けた。


「ええい、そこまで言われたら仕方がありません! では、入信時の初回登録料は無料にします。サリファイス教会で売っている聖カステラもお付けします! ええ、まだ駄目なんですか!? ならば、意外と高い礼拝時の正装もプレゼント!」


「いえ、その、そういう問題では――」


「わかっています」


 はあ、とため息をついて、マリーネが続けた。


「気にしないでください、聖女ジョークですから。さすがに、初回登録料無料までですね、私の権限だと」


「聖カステラって、聖女でも扱えないんですね……」


 会話はひと段落したが、マリーネの目はまだ諦めていなかった。どうやら、口上がジョークなだけで、勧誘自体は本気のようだ。

 アイスノーの言葉を思い出す。


 ――我々の仕事は、あくまでもホストだからな。


 この場を収める言葉を、カイルは必死になって絞り出した。


「とりあえず、その……考えておきます……」


「わかりました。一抹の希望が残ったようで私は嬉しく思います」


 マリーネと連れだって街をしばらく散策してから、カイルたちは宿に戻った。

 別れ際、マリーネがこんなことを言った。


「今日はありがとうございました、カイル様――聖騎士様」


「え、いや、俺は聖騎士では――」


「うふふふ、また今度よろしくお願いしますね?」


 にっこりと笑うとマリーネは部屋に戻っていく。


 どうせ聖女ジョークだろうとカイルは聞き流したせいで、いつもとの違いに気づかなかった。今までは「言い間違えました」と否定していたマリーネが何も言わなかったことに。


 その後も旅を続け、ようやくカイルたち一行は王都にたどり着いた。

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